それから数日。
 例の皇子との会談を終えた彼が表の行政区から戻ってきた。藍の衣に装身具は最低限。
 銀の耳飾りと帯を彩る組紐だけ。その潔さが彼の孤高なオーラをより高めていた。
(我ながらいい仕事をしましたわ)
 隣国の皇子もきっと、瑞国皇帝の威厳を感じ取ってくれたことであろう。

「待たせたな」
「いえ」
 香蘭の宦官姿もすっかり板についている。
(自分が女であることをもはや忘れてしまいそうでねぇ)
「いいかげん、どなたか妃嬪のもとにお渡りになられてはどうですか?」
 男の格好をしていると心も男に近づくのだろうか。据え膳を食わない彼を歯がゆく思い、香蘭はまるで秀由のような小言を彼に投げた。だが千華宮に勤める人間なら誰もが胸に抱いている不満だろう。
 皇帝が誰のもとにも通わないなど、後宮の存在意義が揺らぐではないか。
「男と女の相性は、頭で考えるだけではわからぬ点もあるかと思いますよ」
 香蘭や秀由の妃嬪調査の結果、彼はそれだけで皇后と三貴人を決めようとしているのだ。
(情欲に溺れるのは暗君のすることですが、これはこれで別の意味で危うい気も……)