金属ぶつかる硬質な音を立てて、額飾りが床に落ちる。香蘭は慌ててそれを拾う。
幸い割れても傷ついてもいないようだった。
「申し訳ございません。額飾りはいらなかったでしょうか?」
 なんだかわからないが、お気に召さなかったことは確かなのだろう。
 床にかがんだまま、彼を見あげる。
(ーー陛下?)

 焔幽の周りだけ、空気が凍りついていた。なにも見たくないという意志表示だろうか、彼はきつく目を閉じた。
 冷たい、死人のような顔だ。よく見れば、唇だけがかすかにわなないている。
「あ、あの」
 もはや今の彼に自分の言葉は届かないのでは? そう思いながら声をかけたが、その音で彼はハッと正気に戻った。
 あきらかに取り繕うための、ぎこちない笑み。
「すまない。怪我はなかったか?」
「私は大丈夫です」
 むしろ大丈夫でないのは彼のほうだろう。

 なにもなかった顔で香蘭はくるりと踵を返し、拾った額飾りを棚に戻す。
「これはないほうがいいですね。完璧なお顔が隠れてしまってはもったいないですし」
 彼は別に額飾りが嫌いなわけではないのだろう。それはわかっていたが〝なに〟を嫌ったのか特定しないためにあえてそう言った。
 沈黙が流れる。聡い彼は香蘭の気遣いを察したのだろう。
「聞かないのか?」
 ゆっくりと彼を振り向く。そして、ふっと小さく笑った。
「殿方も、秘密があるほうが魅力的です」
 謎は謎のままであるほうが美しい。けれど、香蘭もそしておそらく焔幽も感じていた。
 自分たちの抱える闇が、よく似ていることを。