五 同じ闇を


 月見の宴から早ひと月が過ぎていた。例の事件の顛末は、被害者である桃花が『被害などなかった』と強硬に主張したため公にはお咎めなし。ただし鈴々は玻璃宮を出され、嬪たちの住まう大きな宮の下働きに降格処分となった。それでも十分に寛大な沙汰だ。
 修羅場の当事者となった皇后候補の姫たちには焔幽から説明があり、柳花があらためて謝罪をした。烈火のごとく怒っていたのは月麗だけで、一番迷惑をこうむったはずの美芳はいっさいの関心を示さなかった。
 それぞれ心に秘めるものはあるかもしれないが、事件は一応の解決を見せた。

 そんなある日の昼さがり。焔幽は近々やってくる隣国の皇子を接待するための準備で忙しくしていた。
「皇子との会談は大変なものなのですか」
「いや、友好国だし儀礼的なものだ。無難にこなせば問題はない」
「そうですか。なにかお手伝いすることがあれば、なんなりと」
 香蘭は側近らしい台詞とともに軽く頭をさげる。するとすぐに依頼があった。
「では、当日の俺の衣装周りの準備を頼めるか?」
「お衣装ですか?」
 それは側近の仕事ではなく別に担当する者がいるはずだ。香蘭の疑問を悟ったのだろう、焔幽が説明する。
「信頼している者が体調を崩していてな。雪寧が『香蘭は衣や宝飾品を選ぶのが得意』と言っていたのを思い出したのだ」
「その言い方ですと、私が着飾ることしか能のない阿呆に聞こえます。私の審美眼はもっと高尚なところにもいかんなく発揮され――」
 ツラツラと語りはじめた香蘭を遮るように、彼はヒラヒラと片手を振る。
「わかった、わかった。その抜群の審美眼で俺の衣装と宝飾品を選んでくれ。その間に俺はこの書類を片づけるから」
 焔幽は憂鬱そうな顔で机に山積みされている書類を一瞥した。