香蘭は確証のないことは口にしない主義だ。なので、今の思いつきは心のなかにとどめておくことにする。
「では、そろそろ朱雀宮へ戻りましょうか。夏飛さんが心配しますよ」
(ふたりきりで散歩などしていると、陛下が恋に落ちてしまいますしね)
 焔幽があきれた顔で肩をすくめる。
「だんだんとお前の考えていることが読めるようになってきたぞ。そう心配せずとも、俺の好みは至って普通だ。……モグラは別に好みではない」
「まぁ、残念です。私は陛下のお顔立ちはなかなか好みですのに」
 けろりと答える香蘭を焔幽はギロリとにらむ。
「嘘はついておりませんよ」
「知っている。俺の顔を嫌いな女など、そうはいないだろうからな」
「ですから! そういった台詞は私の専売特許ですので奪わないでくださいまし」

 並んで歩き出したふたりを、ぽっかりと浮かぶ昼中の月が見守っていた。
「おや、今日の月はずいぶんとせっかちだな」
 焔幽の声に香蘭は空を仰ぎ、景姉妹を思った。
「近くにいればいるほど、愛は深まる。けれど愛憎は表裏一体。あのふたりがこじれる未来など、考えたくはありませんねぇ」
 深い憎しみは深い愛から生まれるのだ。
「なにか言ったか?」
「いいえ、なんにも」