「でも、モグラはなかなかその姿を拝むことができないでしょう? 殿方は希少なものに目の色を変える生きものですから」
「大丈夫よ。モグラに執着する殿方なんて見たことも聞いたこともないもの」
「そうでしょうか? それなら安心なのですが」

 香蘭には前世の記憶がそっくりそのまま残っている。この〝モグラ〟には時の皇帝の寵愛をほしいままにした千年寵姫、蘭珠の自我が宿っているようなものなのだ。少し、どころでなくナルシストになるのも仕方のないこと。
(きさき)になるのだけは、ご遠慮したいのです」
「いや、だからね」
 詩清はこれ以上どう突っ込んでいいのかわからず口をつぐむ。その表情は「わけのわからない面倒な新入りを押しつけられた」という不満と「でも力仕事は全部任せられそう」という喜びが複雑に入り交じった、なんともいえないものだった。

 雪紗宮(せっさぐう)。皇帝の私的スペースである朱雀宮を中心として放射線状に並ぶ宮たちの南側、そこに十四歳になったばかりの公主雪寧の宮がある。