「舞を知らずとも振りつけは想像できる。その台詞が翡翠妃や琥珀妃から出てきたのなら、俺はなにも思わない。彼女たちの背景を考えて納得できるからだ。だが、香蘭」
 名を呼ぶと同時に彼はじっとこちらを見据えた。焔幽の瞳の蒼い光がより強くきらめいた。まるで逃がさないとでも言うように。
「お前はさして名門でもない田舎貴族の娘だろう。少し調べたが、貴族とは名ばかりで生活は困窮している。お前の知識や教養は……いったいどうやって手に入れたものなのだ? 本当に胡家の娘なのか?」

 香蘭はゆっくりと首を縦に振る。
「私は間違いなく、胡家に生まれた女ですよ。実はやんごとなき家柄の……なんて物語みたいな真実はございません」
 なにひとつ嘘はついていないので香蘭の態度は堂々たるものだ。もっとも彼女は真っ赤な嘘をつくときもこれ以上ないほど堂々とつくのだが。
(陛下も夏飛さんも、さすがに私が前世の記憶を持っているという物語をこえた真実を抱えているとは思ってもいないようですね)
 香蘭はスッと身を乗り出すと彼の顔をのぞく。そして蠱惑的な笑みを浮かべた。
「陛下。世の中には人々の想像のはるか上をいく天才が確かに存在するのですよ」
「貴蘭朱のような? お前もそうだと言いたいのか?」
「えぇ、そのとおりでございます」
「彼女は千年にひとりの逸材と謳われた。次の才媛の登場までは、あと九百三十年待たねばならないはずだが」