「今宵は美しい月を愛でるために、こうして集まっているんだ。そなたたちにも楽しんでもらいたいと思っている」
 焔幽が妃嬪たちに初めてかけたといってもいい優しい言葉だった。それ以後は、桃花のトラブルなどなかったかのように宴は和やかに進み、予定どおり夜更けに解散となった。

 香蘭は早寝早起きを心がけているので、宴のあとは速やかに寝台に潜る予定でいた。が、その予定は焔幽によって妨害されている。自室に戻ろうとする香蘭の首ねっこをつかんで無理やり自分の室に連れ込んだのだ。
 香蘭は眉根を寄せた渋い顔で彼に言う。
「酒の勢いに任せて私の肌に触れることはおやめくださいまし。何度も申しあげておりますが己の破滅を招きますよ」
 衣の胸元をキュッときつく合わせて、香蘭はじりじりと彼から遠ざかる。
「何度でも言うが、そんな気はさらさらない。というか、最近のお前はもう男にしか見えないから女だという事実すら忘れていた」
「まぁ! 陛下の視力が心配ですわ」
「視力はすこぶるいいぞ。先日も庭でお前にそっくりなモグラが出没しているのを発見した」
「それはきっと、無意識に私をお探しになっているのでしょう」
「……もう、それでよい」
 焔幽は遠い目をして反論を諦めた。香蘭がコロコロと笑うと彼もふっと目を細める。
 近頃はこのくだらないやり取りを、互いに楽しんでいる節がある。