もちろん。そう答えて、莉桜はダイニングの椅子に腰を掛ける。
 このテーブルは昔から変わっていない。何度もこのテーブルで、櫻田家に混ざってご飯を食べさせてもらった。

 管理栄養士の資格を持っているという裕美子の料理は美味しくて、毎日それを食べられる佑馬を本気で羨んでいた覚えがある。

 裕美子が紅茶を淹れるのを待つ間、懐かしい思いで莉桜は周りを見渡した。

 そして、部屋の隅にブックスタンドが置いてあるのを見つけた。
 何となく気になって近づいてみると、ブックスタンドには数冊の本が立てかけてあり、それらはすべて『櫻田佑馬』の名が入っていた。すなわち莉桜の著作だ。


「全部買ってるわよ~莉桜ちゃんの本」


 ふわふわと湯気が立ち上るティーカップをトレイに載せた裕美子が、莉桜の後ろから言う。


「おばさん小説読むの苦手なんだけど、莉桜ちゃんの本はどれも最後まで楽しく読めるのよ。……あ、せっかくだしいくつかサインしていってよ」


 裕美子は「なんてね」と笑いながら莉桜の前に紅茶を置く。


「莉桜ちゃんの書いた小説が本屋さんに並ぶたびに、あの子が──佑馬がまだ生きていて、小説家になって活躍しているかのような、そんな幸せな錯覚を味わえるの」

「……勝手に佑馬の名前を使ったこと、本当にごめんなさい」

「いいのよ。勝手にって言っても、デビューするときにはちゃんと連絡くれたじゃない」


 高校生のとき、莉桜は部活で使うペンネームを佑馬の名前にした。

 彼を知る他のメンバーたちからは、何とも複雑な顔をされた。不謹慎だが、それをしたのが彼と最も近しい関係だった莉桜だから、あまりはっきりと口にできない。そんな雰囲気だったように思う。


「でも良かったら教えて? 莉桜ちゃんは、どうしてあの子の名前をペンネームにしたの?」

「……佑馬との約束を守るためです」

「約束?」

「昔、佑馬とちょっとしたゲームをしてたんです。負けた方は勝った方の言うことを聞くって条件で」