花を買った。店で一番最初に目に入ったユリの花。
 本当は本人が一番好きだった花を供えるのが良いのだろうけれど、思えば莉桜は佑馬が何の花を好んでいたのか知らなかった。だから毎回、買うのは結局その日一番綺麗だと思った花だ。

 知らないのは好きな花だけじゃない。以前は佑馬のことなら何でもわかっているような気でいたけれど、そんなものは幻想だ。
 佑馬からのあの手紙にも莉桜に対して同じようなことが書いてあったが、今はその気持ちがよくわかる。実は知らないことの方が多い。

 軽く掃除をするつもりで雑巾を持ってきたりはしたものの、佑馬の眠る墓は綺麗に保たれていた。きっと彼の家族が定期的に訪れているのだろう。

 打ち水をして花を供え、線香をあげる。


「……」


 周りに墓参りに来たらしき人の姿はない。
 莉桜は静かに手を合わせ、一人佑馬に向き合った。




 ……佑馬、今年は来るのがちょっと遅くなったね。ごめん。


 きっと佑馬はそんな細かいことで不満を言ったりはしないだろうとは思いつつ、莉桜は心の中で静かに語りかける。


 ……聞いてよ。デビュー作、ドラマ化の話が来たんだよ。すごくない?

 ……まあ、キミ──本当の櫻田佑馬なら、もっと早くにそんな話も来てただろうけどさ。


 ……それからね、卓さんに結婚を申し込まれたよ。あは、妬いた? 妬いたでしょ。

 ……でもさすがに断ろうかなって思ってるんだ。


 ……ねえ佑馬。私、あれから佑馬みたいに好きになれる人が全然できないんだけど。もしかしてキミ、私の中にあった誰かに恋する心、あの世に行くついでに全部持ってったんじゃないだろうな。

 ……おかげでこの歳になっても初恋を引きずってる痛い女だよ。担当編集の山本さんは「一途で素敵」って言ってくれるけど。