「ユウも、作家になってたんだな」

「ええ。高校2年になってすぐ文芸部に入ってから、ずっと創作活動を続けてて。今も大学で勉強しながら書いてるんですけど、去年賞をもらってデビューさせてもらいました。……残念ながら知名度は無いに等しいですけど。先輩も知らなかったみたいですしね」

「すまん」


 逆に莉桜は、卓が本名と同じ名前で小説家になっていることを知っていた。

 卓が高校に在学していた頃、莉桜何度も小説を書くコツを聞きに行っていた。佑馬や他の部員には何となく聞きづらかったのに、卓は部長という立場だったからなのか、相談がしやすかったからだ。
 相談をするうちに卓の小説に向き合う姿勢が見えてきて、きっとこの人は将来プロになるだろうと直感していた。だから、高島卓という名の作家がいないかどうか、定期的に調べていたのだ。


「それにしてもどうして……その名前を、ペンネームにしたんだ?」


 この質問は避けられないだろうと覚悟していたことを、やはり卓は聞いてきた。自分の名前ではなく、創作した名前でもなく。実在した、他人の名前。


「……生きている間、ずっと一緒にいるため」


 莉桜にとって、佑馬の名前を使った動機はそれに尽きた。
 だが卓は、その意味について深堀してはこなかったものの、きっとはぐらかされたと思っただろう。





 ──その証拠に、たった今莉桜に結婚を申し込んだ卓は、あの日と同じ質問をしてきた。


「なあ、ユウ。お前はどうして櫻田佑馬と名乗っている? 何故視力がいいのに眼鏡を掛けている? 髪を短くして、わざと男と間違われるような振る舞いをするのは?」


 卓は感情の昂りを無理やり押さえつけるような静かさで、言葉を重ねる。


「覚えてもらいやすくするためのキャラ作りです。言いませんでしたっけ」

「……違う。お前は、櫻田になろうとしているんだ」