そんな雑な解説に、莉桜は「へー、さすが文芸部」と感心したようにうなずいた。
 だがこちらからすれば、全く興味がないにもかかわらず、「梶井基次郎」と聞いてすぐに『檸檬』という作品名とが出てくるあたりさすが秀才だと思う。


「何にせよ科学的根拠はないし、そもそもそれはきっと死体遺棄罪になるだろ。犯罪になるような願いはさすがに聞けない」

「まあそうだよねー。お願いについては期限までにゆっくり考えるよ。佑馬だったら私に何をお願いする?」

「……僕もすぐには思いつかないから、同じくゆっくり考えさせてもらう」


 本当のことを言えば、莉桜への願いなんて一つしかない。だけどそれをこの場で言う勇気は僕になかった。


 莉桜の歩幅に合わせてゆっくりと歩くうちに、ようやく正門が見えてきた。そのすぐそこの道の脇に、見慣れた水色の軽自動車が停まっていた。


「お帰りなさい。佑馬くんお久しぶり」


 自動車の窓を開けて声を掛けてきた莉桜の母親。莉桜とそっくりの美人だが、顔色は娘以上に青白い。以前見たときよりもさらに頬がこけたような気がする。


「どうも、お久しぶりです」

「佑馬くんも一緒に乗っていく?」

「いえ、僕は自転車なので」

「そう」


 無理して愛想笑いを浮かべる莉桜の母親。先ほど莉桜に一瞬感じた「儚く消えてしまいそう」な雰囲気を、この人は常に纏っている。
 世話焼きで気が強くて声が大きい、4人きょうだいを逞しく育て上げたうちの母親と同じ“母親”というジャンルで括ることができるのが不思議だ。


「……じゃあ、またね佑馬」

「ああ」


 莉桜はひらひらと手を振って後部座席に乗り込む。
 それを合図に一瞬動き出しかけた水色の軽自動車だったが、再び止まって、莉桜の母親が開けっ放しだった窓からもう一度僕を見た。