僕は軽く頭を振ってそんな思いをかき消す。手術の話を聞いたばかりだからそんな感じがしただけだ。本人はどうせ夕飯のことでも考えているに決まってる。
「莉桜」
「ああ、おかえり」
僕の呼びかけに振り返った莉桜はにこりと笑みを浮かべる。その瞬間に、既に先ほどの儚さは消え去っていた。
「ぼんやりしてどうした?」
「うーん、今日の夕ご飯は何かなって思って」
「予想を裏切らないな君は……」
「あは、バレてた? ……ああ、でももう一つ考えてたことがあってね」
出しっぱなしにしていた筆記用具を鞄に詰め込んでいく僕に合わせて、莉桜も「よいしょ」と立ち上がる。
放課後こうして隣に並んで歩いても、僕と莉桜では見た目からして釣り合わず、きっとカップルなどには見えないのだろう。
「さっき言ってたゲームについてなんだけど」
「うん?」
「負けた方は勝った方のお願いを一つ聞くっていうのどうかな?」
意外な気持ちがした。
ゲームの期限は、莉桜の手術が行われるあたりに設定した。その手術が失敗して死ぬ気でいる彼女が、その先を望むなんて。
「わかった。ちなみに、莉桜は僕に何をお願いするつもりなんだ?」
「まだ決めてないけどさ。……あ、『私の死体を桜の木の下に埋めて欲しい』とかどうかな」
「梶井基次郎か」
僕は大きくため息をつく。なるほど、死んだ後のことについて望むパターンも当然あるわけだ。
「梶井基次郎って確か『檸檬』を書いた作家だよね? なんで?」
「桜の下に死体を埋めて欲しいって言うから」
「えっと? 桜の木の下に死体を埋めたら、桜の花が綺麗に咲くんじゃないの?」
「……そういう都市伝説的な話の元ネタが多分、梶井基次郎の『桜の樹の下には』って小説だよ。桜が美しいことが不安で憂鬱な男が、桜の木の下には死体が埋まっていると考えることでその不安から解放された、と長々と語る短編」