「高島先輩、ご卒業おめでとうございます」


 三月上旬某日。天気は快晴。
 今日は全課程を修了した三年生たちが、高校という狭く苦しい空間から解放され新たな世界へ旅立つ、実にお目出度い日である。

 無事に式を終えた卒業生たちは、教室に戻って担任やクラスメイトたちと涙ながらに分かれの挨拶を交わす。その後、所属していた部活がある場合はその部室に顔を出すというのが恒例となっているらしい。

 そういうわけで文芸部もその例に漏れず、唯一の卒業生である高島卓先輩の送別会を開催しているというわけだ。


「答辞、すっごく良かったですよ~。すごく感動的で、見た感じ卒業生の七割は泣いてました。元文芸部部長としてのメンツも保てましたね~」


 部員から上がったそんなからかいの声を、高島先輩は「まあな」と軽くあしらう。僕も在校生の席から高島先輩の読む答辞は聞いていたが、なかなか上手く作りこまれていた。

 入学時からクラスメイトや教師、家族との思い出が順々に語られていったのだが、面白かったのは部活動のくだりだ。

 何部に所属しているのかを伏せたまま、いかに苦しみ、努力し、メンバーに救われたのかということを熱く語った。そしてその話題の締めくくりになって「文芸部で過ごした日々は宝物です」と部活動の正体をようやく明かした。
 ガタイの良い高島先輩の外見から、多くの人はサッカー部かバスケ部あたりだろうと思い込んでいたらしい。感動的な雰囲気だったにもかかわらず、その瞬間は結構ざわついていた。答辞に叙述トリックが使われるなんて普通思わないから当然かもしれないが。


「まあとにかくお疲れ様です。7人ではとてもじゃないけど食べきれない量のお菓子用意してるので、遠慮なく食べてください」


 僕は机の上に広げられたスナック菓子やジュースを指しながら言った。一年生で下っ端の僕が主に準備をしたので、ちょっと得意げになってしまうのは許してほしい。