莉桜は白い息を吐きながら「ふむ、理由を考えるとすれば……」と腕を組んで考え込む。どうやら、『冬の海は透明度が高いらしい』という僕の曖昧な記憶を検証するつもりのようだ。


「冬は透明度が高い。言い換えれば、夏の海は冬よりも濁っている。濁った水として私がすぐに思いつくのは、泥水と……あとは学校のプールの水かな」

「なるほど」

「泥水の考え方を採用すると……冬は何らかの理由で砂が夏よりも分離しやすい。うーん、海水浴客がいないから、砂が巻き上げられにくくなるとか」

「面白いけど、波があれば砂なんて季節関係なく巻き上げられそうじゃないか?」

「確かに。じゃあプールの考え方も検討してみよう。学校のプールが濁るのっていつも緑色に濁るよね。藻が生えるから。あのプール見るたびに、水泳の授業免除されてて良かったなって心から思ってたよ」


 学校のプールは、水泳の授業が始まってある程度日にちが経過すると、毎年決まって回転寿司店の緑茶みたいな色になっていた。確かにあれに入るのは正直あまりいい気分ではない。


「あの藻ってどこから来るんだろう。海にも同じような藻が生えるって仮定すると、寒ければ藻は成長しなくなるから濁らないって説明できるね。藻じゃないにしても、植物プランクトン的なのは減りそうじゃない?」


「おお、説得力あるな」



 それで正解なのではなかろうか。

 僕はそう思ってパチパチと適当に拍手をしたが、莉桜はなおも続けた。


「……とまあ、カガクテキな考え方をしてみたけどさ。私も佑馬も文系寄りじゃん? だから文系らしい仮説も一つ」

「?」


 彼女は静かに左手の人差し指を口の前に立てる。口の端に浮かべた笑みが妙に蠱惑的(こわくてき)だ。


「危険なものだから、より美しく見えている」

「その心は?」

「夏の海は味方でしょ。暑かったら、海水浴っていうのは涼をとる手段だから。だけどほら、今は海に入ったらどうなる?」

「凍え死ぬだろうな」

「そういうことだよ。冬の海は危険。そして人間は、危険だとわかっていても、だからこそ美しく、魅力的に見えてしまう」