「ねえ、ここから海のすぐ近くまで行こうと思ったら、どれぐらいかかる?」

「海岸の辺りまで? ……あー、バスと電車で上手く乗り継げたら一時間ってところだな」


 幼い頃に家族で海水浴へ行ったときに利用した最寄り駅の名前を思い出し、スマートフォンでルートを検索しながら答えた。
 そして、そんなことを聞いてきたということはまさか……と思ったら、そのまさかだった。


「行こう。海」

「え、今からか?」

「もちろん! ……あーちゃん、ここから海見ながらよく言ってたんだ。いつか近くまで行ってみたいって。結局それは叶わなかったわけだけど。だからせめて、私が代わりに行こうかなって」


 良い話風に言ったけど、ただ行きたいだけだろ。……と突っ込みそうになったのをギリギリ堪えた。
 授業をサボって、莉桜の行きたい場所に行くと言ったのは僕だ。


「じゃあ、10分後に出るバスに乗るとちょうどいいな」


 時間を確認してそう言うと、莉桜の瞳は予想通りキラキラと輝いた。






 結果、一時間では済まなかった。バスが少し遅れたせいで電車の乗り継ぎが悪くなり、2倍近くかかってしまった。


「うわー、すごい! これが噂に聞く潮の匂いってやつかー!!」

「盛り上がってるところ悪いけど、もうすぐにでも戻らないと放課後までに学校へ帰れないぞ。おばさん迎えにくるだろ」


 駅を出るなり声のトーンを一つ上げてはしゃぐ莉桜の背中に向かって、僕はいくらか疲れの滲んだ声で言う。

 案の定、振り向いた莉桜は「えー」と不満そうな顔を見せた。


「来たばっかりじゃん。いいよ、お母さんには今日も文芸部に顔出しにいったことにしよう。そしたら二時間ぐらい稼げるでしょ」

「まあそれはそうだけど……」

「海といえば夏ってイメージだったけど、冬の海もすっごく綺麗だね」

「海は冬の方が透明度が高いって話を聞いたことがある」

「へえ、そうなの? 何で?」

「理由までは知らない」