そこは冬なのにきちんと緑色をした芝生が一面に広がり、花壇には鮮やかな花が咲き誇る、のどかな公園のような場所だった。何か立派な噴水まである。


「ここが病院だってこと忘れそうな空間だな」

「でしょ! この花壇、季節ごとに色んな花が咲くんだよ。今はシクラメンが見ごろだね~。寒さにも強いから、冬に育てるのに人気な花なんだよ」

「へえ、これがシクラメンか。名前は聞いたことあるけど、どんな花なのかは知らなかった」

「ま、あーちゃんからの受け売りだけど。あの子図鑑とか見るのも好きで、妙に植物に詳しかったんだよね」

「教えてもらってちゃんと覚えておけるあたりさすがだと思うけどな。僕なら即刻忘れてる」

「あは、じゃあちゃんと覚えてるか明日テストしてあげよう」


 莉桜はそんなことを言いながら、スマートフォンで花壇の写真を撮る。
 残念ながら、僕は莉桜と違って無駄な知識を留めておけるほど脳みそに余裕がないので、明日でもきっと答えられないだろう。

 パシャパシャと電子的なシャッター音を鳴らしていたスマートフォンを、莉桜はおもむろに僕へ向けた。


「……何?」

「いやあ、佑馬の写真、もしかしたら一枚も持ってないかもなって思ってさ。一枚撮らせてよ」

「嫌だ。写真はあんまり好きじゃない」

「ちぇ、別に減るもんじゃないのに」

「写真を撮ると魂抜かれるっていうだろ」

「あはは、キミはいつの時代の人なの」


 唇を尖らせた彼女は、スマートフォンのレンズを今度は空へと向ける。僕の写真を撮るのは諦めてくれたらしい。


「それにしても今日は、すっごく寒いけどよく晴れてるなあ」

「そうだな。向こうの海も澄んでて綺麗に見える」


 この病院はここらでは一番の高台にある。高い病棟があるせいで視界が広いとは言い難いが、それでも遮られていない方向は遠くまでよく見える。


「海、か……」


 莉桜が僕の言葉に反応して、小さく呟いた。