「……いっつもそういう感じで誤魔化すよねー」
「何が」
「いいよ別に。はい、次降りるよ。ボタン押して」
僕は言われるがままに降車ボタンを押す。車内の至る所に設置されているボタンが一斉に赤く光り、「次、停まります」という無機質な女性の声のアナウンスが流れた。
そういえば、子どもの頃家族とバスで出かけたときは、きょうだい4人でいつも誰が降車ボタンを押すのかの取り合いになっていた。
そしてそういうとき、一番最初に争いから離脱するのが僕だった。そのせいか、今もバスに乗ったときは誰かがボタンを押すのを待ってしまう。今指先に伝わったこの感覚が妙に新鮮な気がした。
「バス乗って来ることあんまなかったから意識してなかったけど、バス停って病院の本当に目の前だったんだね」
バスを降り、ぐっと腕を伸ばした莉桜が意外そうに言った。
莉桜が入院したり通院したりしているこの大病院には、僕も何度か足を運んだことがある。
初めて見たら駅ビルか何かと間違いそうな存在感のある大きな建物。病棟が東西南北にひとつずつと外来診療棟があり、そのどこかの屋上にはヘリポートもあったはずだ。様々な専門をほぼ網羅していると言っても良い。
「さすがに今日は病室には入れないからなあ。外来の方なら行けるだろうけど、そっち行ってもしょうがないし……」
莉桜は病棟への入り口を前にして考え込む。それから何かを思いついたらしく「あっ!」と声を上げた。
「そうだ中庭! 中庭は外からも自由に出入りできるようになってるの。入院中、天気と体調が良いときはよくあーちゃんと行ってたんだ」
「病院に中庭なんてあるのか」
「そ。こっちこっち!」
莉桜は僕の手を掴んで、そのままぐいぐい引っ張る。こちらが不安になるような細く骨ばった手首をしている割に、その力は結構強い。
彼女について病棟の合間の通路を抜け、しばらく歩くと開けた場所に出た。