「え、わかりますか? 先生鼻いいですね。実はわたしずっと入院してるんです。でも、このサイン会絶対来たくて、もう必死にお願いしまくって外出許可勝ち取ったんです!」


 眩しい笑顔を見せて、少女は「えへへ」と控えめにピースして見せた。

 佑馬は、少女のまとう病院のにおい──大嫌いなにおいで表情が歪んでしまわないように気を付けながら、彼女の購入した本を受け取る。

 今回のサイン会では、佑馬の著作が全て対象になっている。発売したばかりの最新刊を持ってくる人が多かったが、彼女が持ってきたのはデビュー作だった。


「わたし、櫻田先生の作品の中でこれが一番好きなんです。もう二冊持ってるけど、サインもらうならやっぱりこれしかないと思って!」

「ありがとうございます。僕もすごく思い入れのある作品だから嬉しいです」


 佑馬はこれまでと同じようにサインを入れようとしたが、ふと手を止めて、もう一度少女の目を見た。


「……お名前は?」

「え? わたしの?」

「もちろん」

「り、リサです!」


 リサ。名前まで少し似ている。

 サインと日付と眼鏡のイラスト。これが皆共通のワンセットだが、佑馬は今回だけ「リサさんへ」と宛名を付け足した。

 聞き間違えることが少なくないため、知り合いなど確実に名前がわかる場合でない限り、宛名は入れないようにしている。だからこれは特別。他の人に見られたらズルいと言われるだろうか。
 ……まあ、列に並んでいたらここでの会話なんてほぼ聞こえないし、他の人のサインなんて全く見えない。気付かれないだろう。


「応援ありがとうございます、リサさん」


 佑馬が本を手渡すと、リサは丸い目をさらに丸く見開く。
 じわじわ涙をためていたその目から、とうとうポロリと一滴零れ落ちた。


「ありがと、ございます……」


 サインの入った小説を、本当に本当に大事そうに抱きしめる。


「入院中……外に出られないときも……ずっと、櫻田先生の小説に励まされてきました……。先生の小説はあったかくて……ちゃんと生きようって気持ちになれるんです」