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柔らかな風が、部屋のレースカーテンをふわりと揺らした。
目が少し痛くなるまで凝視していたパソコンから目を離した佑馬は、軽く肩を回しながら立ち上がり、窓際に近寄った。十数分前、換気のために開けた窓がそのままになっていたらしい。
この季節だとまだ風の冷たい日も多いが、今日はずいぶんと暖かい。
大きく深呼吸をしてみれば、これから何かとてつもなく素晴らしいことでも起きるのではないかと勘違いしそうになる、あの春特有の空気が肺に流れ込んできた。
「あの桜、だいぶつぼみが膨らんだな」
佑馬はアパート目の前の道路脇に植えられた桜の木を見て呟く。一見枯れ木のようにも見える木々は、よく目を凝らすとうっすらと桃色をしているのがわかる。
そういえば、テレビのニュースでは気象予報士が今年の桜の開花時期がどうの、満開予想日がどうのと連日繰り返していた。
この季節になると毎年、ほとんど一斉に咲き始めては、ほんの数週間で散ってしまう花。人々を魅了するのは、その刹那的な美しさがあってこそなのだろう。
無論佑馬とて、皆と同じように桜の花は美しいと思う。しかし同時に、桜の花は──もう二度と会うことのできない幼なじみを連想させる花でもあった。
窓を閉めた後、ふと思いついて部屋の隅の本棚の前に立った。
本棚には、三年前から小説家として活動している佑馬の小説が何冊も並んでいる。櫻田佑馬といえば、デビューしてから短い期間で多くの名のある賞を受賞した、新進気鋭の作家として世間で認知されている。
佑馬はそんな自らの著作には目もくれず、その横のほこりを被った写真立てを手に取った。
入っている写真は制服姿の男女のツーショット。咲き始めた桜の木の下で撮られたものだ。
ムッと唇を固く結びぎこちない表情をした男子とは対照的に、女子の方は「今この瞬間が心から幸せ」とでもいうような笑顔を浮かべている。
──これは、佑馬と幼なじみが一緒に映った最後の写真であり、恐らく生前の幼なじみを映した写真としても最後のものだろう。
「キミがいなくなってから、8回目の春が来たよ」
佑馬は窓の外に目を向けながら、指でそっと写真立てのほこりを払った。