いざその教室の扉を開けるとなったとき、莉桜は意外にも緊張しているのか、表情を硬くしていた。
 ……だが、その様子を呑気に見ていたことを、僕は次の瞬間後悔することになった。

 莉桜と一緒に教室に入れば、部員たちの目が一気にこちらへ集まる。そうなれば当然、僕の隣の美少女へ注目がいく。


「お疲れ櫻田くん。その子は?」

「こんにちは。こっちは同じクラスで僕の幼なじみの……」


 僕が莉桜の名前を言おうとしたその瞬間、彼女はずいっと僕を押しのけて前へ出た。そしてにっこり微笑みを浮かべる。


「初めまして。わがまま言って見学に来た、櫻田佑馬の彼女です! 彼がいつもお世話になっています!」

「ちょっと待て」


 言動の予測がつかなさすぎる。先ほど緊張したように表情を硬くしていたのは、僕を含め皆を驚かせるための嘘を考えていただけらしい。
 僕は慌てて莉桜を止めるも、教室に集まっていた文芸部員たちの間で既に動揺が広がっていた。


「櫻田くんの……彼女……?」

「美人すぎない?」

「うううう嘘だっ! 櫻田はぼくと同じ非リア陰キャだったはず……!」


 本当に勘弁してくれ。僕はわざとらしく咳払いしてから訂正する。


「こいつはただの幼なじみで、ただのクラスメイトの莉桜です。帰宅部だからどこかに入るよう勧めたら、文芸部を見学してみたいと言ったので連れてきました」


 教室内にいた部員の顔を一人一人見回した僕は、莉桜の爆弾発言にも耳を貸さず奥で黙々と原稿用紙を睨みつける男子生徒の元へ行く。


「ってことなので、とりあえず莉桜に部の説明をお願いできますか、部長」


 文芸部唯一の三年であり、三年冬のこの時期になってもなお部長の座に在籍し続ける高島(たかしま)(たく)部長。
 僕の知る限り、この部で一番精力的に活動しているのは部長だ。がっしりとした体格をしているためぱっと見運動部にでも入っていそうだが、繊細でウィットに富んだ文章を紡ぐ人である。