他の男をこれからも愛し続けるだなんて、間違ってもプロポーズを受け入れるときに言う言葉ではない。
それでも、卓に偽りの思いを伝えたくはなかった。
「私は、この世に既にいない人を懲りずに愛してしまう馬鹿な自分を受け入れたいです。そして受け入れた上で、どうにか前に進んでいきたい」
「……ああ」
「そんな私のことを近くで見守って欲しい人は誰かと考えたとき、卓さん以外思いつきませんでした」
「なるほど、そういうことか」
「……今の話を聞いて、私がそんな不誠実な気持ちでいるならプロポーズを取り下げる……というなら止めませんけど」
卓は納得と安心の入り混じった表情で、ふうと息を吐いた。
「いや、取り下げるつもりはない。俺の方こそ、お前に抱いている気持ちが恋愛感情なのかと聞かれたら素直にうなずけない部分もあるしな」
風が吹き、ざわりと大きく木の枝が揺れる。
卓はその音につられて目線を上げた。
「俺はずっと、ユウには胸を張って自分の人生を歩んでほしいと思っていた。新生悠木莉桜を一番近いところで見られる相手に選んでもらえたこと、光栄だよ」
「新生悠木莉桜というか、籍を入れたら高島莉桜になりますけどね!」
「でもってペンネームは櫻田莉桜ってか。ややこしいな」
結婚のタイミングでペンネームの苗字を全く違う人のものに変えるとは。確かにややこしい。
莉桜が思わず笑えば、卓もつられたように笑った。
──私たちはきっと、頭上に広がるこの桜の葉のような夫婦になるのだろう。そう直感した。
花のような華やかで甘い関係ではないけれど、心地よくて、これはこれでいいなと思えるような、そんな関係。