ムッとしたように眉を寄せる卓に、莉桜はまた声を出して笑う。


「まあ、そんな第一印象はその日のうちに消えたんだけどな」

「そうなんですか?」

「覚えてないか? お前あの日、部員に勧められたか何かで短編小説を書いただろ?」


 それはもちろん覚えている。あれは莉桜が、国語の授業以外で初めて書いた小説だった。


「とても初心者だとは思えない完成度の高い小説だった。他の部員が嫉妬するぐらいに」

「皆が私の小説読んだとき一気に空気凍りましたもんね。やっちゃったーって思いましたよあのときは」


 だけど、そんな中で卓は淡々とした調子で『さらに細かく設定を練って、長編……難しければ中編ぐらいにしても面白いだろうな』と評価してくれた。
 その言葉は、佑馬が『すごい』と言ってくれたのと同じぐらい……いや、もしかするとそれよりももっと嬉しかった。


「あれを読んで、お前の評価は『色ボケわがまま女』から『文章が上手い色ボケ女』になった」

「色ボケ女は変わらずだったんですね……」

「そんなお前が何故か俺にアドバイスを求めてくるようになったのは、不思議だったが嬉しかったよ」


 最初にあの短い小説を書いてから、莉桜は書くことの楽しさに取り憑かれていた。
 書いたきっかけは、好きな人の好きなことがどんなものなのか気になったという程度の冷やかしの気持ちだった。だから佑馬とは何となく創作談義がしづらく、自然と卓にアドバイスをもらいにいくようになっていた。

 だから今の小説家としての自分があるのは、卓のおかげだと思っている。……と言ったら彼は否定するだろうが。


「……とまあ、どうして突然高校生の頃の話を始めたのかってことなんですけど」


 いくらでも蘇る思い出話を名残惜しいながらも切り上げて、莉桜は本題に移った。