桜が咲いていた時期には、大勢の人たちがこの道を歩いていた。
 だけど今、見える範囲には誰もいない。


「ここの木、全部桜なんですよ」


 花が咲いていなければ、ほとんどの人はこの木が何の木だろうと気にしない。
 だから一応そう伝えると、卓からは「知ってる」と返ってきた。


「割と有名な花見スポットだろここ。レジャーシート広げるのとかは禁止されてるから、本当にただ、純粋に花を見るのだけを楽しめる場所だって、会社のヤツが話してた」

「へえ、そうなんですか。知らなかった」

「知らなかったのかよ。……だけどあれだな。花が散った後でも、何となく気持ちがいい場所だな」


 莉桜は大きくうなずいた。まさにそう思っていたからここに卓を連れてきた。

 頭上に広がる一面の緑色。今日のように晴れた日は木漏れ日が差し、ゆらゆらと揺れるのが心地よい。


 莉桜は大きく伸びをしてから、卓を見上げる。


「卓さん。私と初めて会った日のことを覚えてますか?」

「高校のときのことか?」

「はい」

「忘れるもんか」


 卓はふっと笑って、懐かしそうに目を細めた。


「色ボケわがまま女っていうのがお前の第一印象だったな」

「ええっ、何ですかそれ。ひっどいなあ」

「部活見学に来たといいながら創作に興味はなく、彼氏の櫻田のことばっかり見ていたんだから、そう思われても文句は言えないだろ」

「そういえば佑馬の彼女だって嘘の自己紹介してましたね。何かと煮え切らないあの子と付き合うために外堀を埋める作戦。実はあちこちで同じ嘘ついてました」

「そして俺はその嘘を誰よりも長く信じていた。櫻田が否定するのも、単なる照れ隠しだと思ってたぐらいだからな」

「あは。そういえば再会したときも、第一声が『お前っ、櫻田の彼女……?』でしたもんね」

「おい、それは俺のものまねか?」