莉桜は自分の書いた小説を手に取りながら一人呟く。
ほんの一時を共にしただけの存在だけれど、有紗も莉桜にとっては忘れがたい人だ。
後で、リサや他の手紙をくれたファンに返事を書くための可愛い便箋を買いにいこう。
病院から遠くに見えて、有紗が「いつか近くで見てみたい」と言っていた海のような色の便箋がいい。冬の海のような色の。
そんなことを考えているうちに、時計を見ると予定の時間が近づいていた。
莉桜は手持ちの服の中から、一番女性らしい雰囲気のワンピースを選んだ。ここ最近は全く着ていなかったタイプの服だ。
それからいつも通り薄めのメイクを施して、髪は珍しくハーフアップにしてみる。短く切った髪ではこのアレンジが限界だ。久しぶりに伸ばしてみるのもいいかもしれない。
伊達メガネは、もう掛けない。
部屋の暗さに慣れていた分外は明るく、莉桜はドアを開けた瞬間眩しさに目を細めた。
良かった、今日はよく晴れている。
莉桜は腕時計を確認して、早足で歩き出す。
少しして到着した場所は、以前買い物帰りに見つけた、川沿いの立派な桜の並木道。
「ユウ」
声がして振り返れば、卓は穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
午前中は仕事に行き、その足で来たのだろう。今日もいつも通りのスーツ姿だ。
「卓さん。お休み取らせてしまってすみません」
「構わない。ユウに会いたいと言われたら行かないわけにいかんからな」
莉桜はにこりと微笑み返して、卓のそばまで歩み寄った。
「いつもとずいぶん格好が違うな」
「あは、イメチェンですよイメチェン。というかこの格好でよく私のことに気付きましたね」
「そりゃ気付くだろ。……で? お前がわざわざ俺を呼び出したってことは、何か話があるんだな? まあ、たぶんこの前の話の答えだろうと察しは付くが」
卓の言葉に、莉桜はもう一度振り返り、並木道の方を指さす。
「少し、歩きながら話しませんか?」