誘いを断られた加菜は、ガッカリと肩を落として莉桜の住む部屋を後にした。

 そして出て行く直前、思い出したように大きな封筒を取り出した。


「ファンレター、お渡しするの忘れるところでした」


 卓と約束している時間まではまだ少し余裕があった。後でじっくり読むとして、とりあえずざっと目を通しておこう。そう思って、莉桜は大きな封筒から中身を取り出す。

 10通ほどの封筒はそれぞれ個性豊かで、この手紙を書くために選んでくれたのかと思うと嬉しい。
 差出人の名前を確認していくと、これまで何度もファンレターをくれた人もいれば、恐らく今回初めて送ってくれたと思われる人の名前もあった。

 莉桜の目に止まったのは、そんな中の一通だった。


『櫻田先生へ』


 可愛らしい丸文字で書かれたその手紙。差出人の名前はリサという名前だった。


 莉桜の記憶は、この前のサイン会へと遡る。思い出されるのは消毒液など病院のにおいを纏った女子高生。


「あの子か……」


 入院中、どうにか外出許可を勝ち取ってサイン会に来てくれたという彼女。
 手紙を読んでいくと、やはりサイン会のときのお礼が書いてある。


「『無事退院できました。辛いときも櫻田先生の小説のおかげで乗り越えられました』か。……良かった」


 明るい手紙の内容に、莉桜はほうっと息を吐き出す。
 リサのことはずっと心配だった。一度短い時間顔を合わせたきりの少女のことが、何故そんなに記憶に残っていたのか。理由はわかっている。

 顔立ちや雰囲気、それから名前までが似ているからだ。──かつて莉桜と同じ病院に入院しており、17歳という若さで亡くなった、有紗(ありさ)という友人に。


「あーちゃんも小説や漫画が大好きだったな。もし生きてたら、リサさんみたいに私の小説、気に入ってくれたのかな」