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桜の花はいつの間にかすっかり散ってしまい、部屋から見える桜の木には、生命力を感じさせる青々とした葉が茂っている。
次の春がやってくるまで、きっとこの木が桜の木であることを意識する人はほとんどいないだろう。
「めでたくドラマ化の話も決まったことですし、これから忙しくなりますよ~佑馬先生!」
今後の打ち合わせのために部屋に来ていた美人担当編集は、いつも通り小悪魔キャラ全開の声と上目遣いで言った。
そして言った直後、ある間違いに気が付いて「あっ」と口を押さえる。
「違った、莉桜先生。莉桜先生になったんでした~」
「慣れないですよね。良いですよ、呼び慣れた名前で呼んでもらって」
「そーゆーわけにもいきませんって! 大丈夫、すぐに慣れますよぉ。櫻田莉桜先生ってお名前も!」
フルネームにしてみると、これがなかなかにむずがゆい。
数日前、ペンネームを櫻田佑馬から櫻田莉桜に改めることを決意した。これからの人生を、佑馬ではなく自分として生きるための第一歩。
「うふふ、でも素敵な名前にしましたね~。本物の佑馬さんという、かつて愛した幼なじみの苗字を自分の名前と組み合わせるなんて、まるで結婚したみたいじゃないですか」
「これまで櫻田の名前で獲得してきた知名度を完全に手放すほどの勇気がなかったってだけですよ。それにこの名前なら、大好きなサクラを意味する漢字が二つも入ってますし」
そういえば、昔文芸部のメンバーに提案されたペンネームの一つにも、この名前があった気がする。
あのとき文芸部のメンバーには、冗談で佑馬の彼女だと自己紹介していたので、今思えばからかわれていたのか。
そして現在進行形でからかっている加菜は、ニヤニヤ笑いをやめる気配がない。だから少し仕返しをしたくなった。
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桜の花はいつの間にかすっかり散ってしまい、部屋から見える桜の木には、生命力を感じさせる青々とした葉が茂っている。
次の春がやってくるまで、きっとこの木が桜の木であることを意識する人はほとんどいないだろう。
「めでたくドラマ化の話も決まったことですし、これから忙しくなりますよ~佑馬先生!」
今後の打ち合わせのために部屋に来ていた美人担当編集は、いつも通り小悪魔キャラ全開の声と上目遣いで言った。
そして言った直後、ある間違いに気が付いて「あっ」と口を押さえる。
「違った、莉桜先生。莉桜先生になったんでした~」
「慣れないですよね。良いですよ、呼び慣れた名前で呼んでもらって」
「そーゆーわけにもいきませんって! 大丈夫、すぐに慣れますよぉ。櫻田莉桜先生ってお名前も!」
フルネームにしてみると、これがなかなかにむずがゆい。
数日前、ペンネームを櫻田佑馬から櫻田莉桜に改めることを決意した。これからの人生を、佑馬ではなく自分として生きるための第一歩。
「うふふ、でも素敵な名前にしましたね~。本物の佑馬さんという、かつて愛した幼なじみの苗字を自分の名前と組み合わせるなんて、まるで結婚したみたいじゃないですか」
「これまで櫻田の名前で獲得してきた知名度を完全に手放すほどの勇気がなかったってだけですよ。それにこの名前なら、大好きなサクラを意味する漢字が二つも入ってますし」
そういえば、昔文芸部のメンバーに提案されたペンネームの一つにも、この名前があった気がする。
あのとき文芸部のメンバーには、冗談で佑馬の彼女だと自己紹介していたので、今思えばからかわれていたのか。
そして現在進行形でからかっている加菜は、ニヤニヤ笑いをやめる気配がない。だから少し仕返しをしたくなった。