裕美子は苦笑いして立ち上がると、「どこにしまったんだったかな」と呟きつつごちゃごちゃとしたレターラックを探る。

 ……そして、どうにか目的のものを探し当てた。


「莉桜さんの心臓、間違いなくお兄ちゃんのだよね」


 ドナーから送られてきた感謝の手紙。

 手紙に行儀よく並んでいるのは、どこかの知らない男子中学生の字などではない。年賀状などで何度も見た、美しく整った字。莉桜の字だ。

 この手紙を受け取った当時、裕美子は返事を書くことができなかった。

 莉桜のことは昔から見てきたし、彼女の母親からしばしば病気についての相談を受けることもあった。
 長くは生きられないとされていた莉桜とその家族のことは不憫に思っていた。だから自分は莉桜とその家族に寄り添ってあげようと思ったし、四人の子どもたちにもそう言い聞かせてきた。


 ──それでもやっぱり、他人事だったのだ。

 佑馬が神社の階段から落ちたと連絡を受けたあの日。初めて、自分の子どもが死ぬ恐怖と喪失感がどのようなものなのか味わった。
 今にも目を覚ましそうな息子を目の前に、事実を到底受け入れられるはずがなかった。
 臓器提供だって、生前に本人が意思表示してさえいなければ、きっと拒否していた。大切な我が子の髪の毛一本たりとも持っていってほしくなかった。

 そして、レピシエントから届く感謝の手紙の筆跡が莉桜のものだと気付いたときは、もうおかしくなりそうだった。

 手術後の経過は順調。これまで諦めるしかなかった、皆と同じ生活ができる。

 どうしてだ。どうしていつ死んでもおかしくなかったはずのあの子が生きて、何十年もの未来が当然あるはずだった佑馬がいないんだ。
 そもそも佑馬が死ぬ原因となった神社へ行ったのは、莉桜のためだった。当時、いても立ってもいられず、事故があった現場へ行った裕美子は『莉桜の手術が成功しますように』と書かれた絵馬を見つけていた。