「莉桜ちゃんがあの子の名前を名乗って書いたたくさんの小説は、日本中……もしかしたら世界中の人を楽しませているんでしょう。そしてその人たちの記憶には、きっと『櫻田佑馬』の名前が刻まれている。──おかげで、当分の間あの子に二度目の死は訪れそうにないわね」
息を飲んだ。
今まで、そんな考え方はしたことなかった。
「だけどもう、十分」
じゅうぶん。
その言葉を聞いて、莉桜の目からは熱いものが零れ落ちた。
泣いてどうする。
唇を強く噛んだが駄目だった。涙は次から次へと溢れてくる。
「ごめ……なさ……ごめん、なさい……」
「謝らないで。いいのよ、気が済むまで泣きなさいな」
裕美子は、まるで自分の娘にするかのように、優しくしっかりと莉桜の頭を撫でた。
大人になってからこんなに泣いたのは初めてかもしれない。
時間の感覚がなく、どれぐらいの間そうしていたのかはわからない。だけど、落ち着いてから飲んだ紅茶は、熱かったはずなのにすっかり冷たくなっていた。
*
ひとしきり泣いた莉桜が気まずそうに、だけどスッキリとした顔で帰って行った後、裕美子はテーブルに頬杖をつきながら窓の外を見ていた。
「お母さん」
ガチャリとリビングのドアが開いた。部屋に入ってきた娘が、心ここにあらずといった状態の裕美子に声をかける。
「あら佑那。帰ってたの?」
「結構前にね」
櫻田佑那は裕美子の末の娘。佑馬にとっては妹である。
佑馬の歳はとっくの前に超し、髪を染めてずいぶん大人っぽくなった。
「莉桜さん来てたんだね」
「そうよ」
「帰り際ちらっと見たけど、ずいぶん雰囲気変わったね莉桜さん」
佑那はティーポットに残った冷めた紅茶の残りを飲んで、「苦っ」と顔をしかめる。雑に冷蔵庫を開け、たっぷりの牛乳と砂糖を紅茶に混ぜてから裕美子の前に座った。
「てかさ、嘘ついて良かったの?」
「……聞いてたの?」
「自分の部屋行く途中、ちょうど聞こえてきたの」