莉桜も手術後、気持ちが落ち着いてから感謝の手紙を書いたことがある。ドナーの家族から返事がくることはなかったし、書いたのはその一度きりだったので、すっかり記憶から抜け落ちていた。
「あの子の臓器は、それぞれ必要としている人たちの元へ行った。心臓もその一つ。……手紙によると、当時心臓の移植を受けたのは、中学生の男の子だったんですって。経過は良好だったみたいだし、きっと今もどこかで生きていると思うわ」
「そう、なんですか……」
「だから莉桜ちゃん。貴女は佑馬に囚われ続ける必要はないの。貴女は、貴女の人生を生きなさい」
莉桜は無意識に、胸に手を当てた。
自分は佑馬の死を代償に生き長らえているのかもしれない。ずっと引っかかっていた。もしそうなら、佑馬の人生を奪って生きているようなものじゃないかと。
「莉桜ちゃんが、誰かの命があったおかげで生きているのは事実。だけど佑馬じゃない」
何か、大切なものが抜け落ちたような感覚があった。それでやっとわかった。
引っかかっていたというより、それは期待だったのだ。
「そっか……違うんだ……」
夢見ていたのだ。自分の皮膚の下で絶えず動くこの心臓が、佑馬のものであったらいいのに、と。
死ぬまでずっと一緒にいるという約束は、これで果たされているのではないか、と。
今、目が覚めた。
「ねえ、莉桜ちゃん。人間は二度死ぬって話聞いたことある?」
そんなことを静かに問いかけられて、莉桜はうなずいた。
「えっと、確か『一度は肉体が滅びたとき。二度目は忘れられてしまったとき』でしたよね」
「さすがは作家さん。ふふ、危ない危ない。得意げに解説しちゃうところだったわ」
裕美子はくすくすと笑ってから、まっすぐ手を伸ばして莉桜の手を握った。
少しひんやりした体温。確か佑馬も冷え性だったけれど、それは母親譲りなのかもしれない。そうぼんやり思う。