・【バスローブ】


「では早速! 魔法のバスローブをリュウさんに見せますね!」
 と自分で言ったところで、この草薙リュウ似の人は草薙リュウ似なだけで、多分そんな名前じゃないのでは、と思い、何か恥ずかしくなってしまった。
 妄想の名前を呼んでしまったみたいな気分で、何か体がアツアツになってきた。ヤバイ。
 すると草薙リュウ似の人がこう言った。
「あれ、俺名乗りましたか? つい言ってしまう例えからスイーツ好きなのはバレていたかもしれませんが」
 やっぱりスイーツ好きなんだ、いやいや、それじゃなくて名前、合ってんのっ? と思いながら、
「いや! 知り合いのリュウくんに顔が似ててついそう言ってしまって!」
「そうだったんですか、偶然ですね、俺もリュウと言います。ところで貴方は?」
「あっ、私は梨花です! よろしくお願いします!」
 と頭を下げようとしたら、グイっとリュウさんは前に出てから、私の手を握って、
「こちらこそ今日はよろしくお願いします」
 と言ってニッコリ微笑んだ。めっちゃ可愛い。惚れる。
 私は少しわたわたしながら、魔法のバスローブをクローゼットから取り出した。
 仕事が終わった夕方に温泉へ行って家に着いたら着るので、こんな昼の時間から取り出していることにちょっと違和感を抱いていた。
「こちらがその魔法のバスローブというものですね、手に取ってよろしいでしょうか?」
 とリュウさんが言ったので、いちいち丁寧だなぁ、と思いながら、
「はい、よろこんで」
 という軽く居酒屋バイト時代みたいな言葉が出てしまった。
 魔法のバスローブを手に取り、多分手触りを確認したりしているリュウさん。
 これが魔法のバスローブなら気前よくプレゼントしようと思っていると、リュウさんはう~んと唸ってから、
「これは確かに良い素材を使っていますが、魔法のバスローブとかではないですね。何の魔力も感じられません」
 そう言って私に戻したリュウさん。
 いやいやいや!
「これ着ると本当にリラックスできるんです! ちょっとした体の痛みも消え去りますし!」
「いやでもこのバスローブには魔力が無いですよ、そりゃ良い素材ですけどね、一般的な服として」
「そんなこと無いです!」
 何かお話がしたくて嘘ついていたみたいになることが嫌なので、必死で食い下がった私。
 でもリュウさんの表情はどんどん曇っていったので、ここは何か言うだけじゃなくて変えなきゃと思い、
「私! 着てみます!」
「いや梨花さんが着たところで何かが変わるとも思えないのですが」
「着ます!」
 私の圧に圧倒されたリュウさんは、後ろにたじろぎながら、
「そ、それなら、まあ、じゃあちょっと家の外に出ていますね。着替え終えたら呼んで下さい」
 と言って玄関の外に出たリュウさん。
 バルさんはちょっと焦りながら、
「大丈夫? 売り文句に買い文句みたいになっていない?」
「大丈夫です! このバスローブは本当に魔法のバスローブなんですから!」
 着替え終えたので、玄関から顔を出そうとすると、バルさんは私を制止してから、
「あんまりバスローブ姿を外に出しちゃダメだからな」
 と言って、バルさんが外にいるリュウさんを呼んでくれた。
 いちいち紳士過ぎるだろ、この村。
 リュウさんが入ってくると、すぐさまハッと驚くような表情をした。
 これは何? 魔法のバスローブを感じたの? それとも私がバスローブになってちょっと女を上げた感じなの?
 前者も捨てがたいけども、後者でもなかなかいい! 惚れてくれ! 私に惚れてくれ!
 リュウさんはアゴのあたりを触りながら、
「確かに、ちょっと魔力を感じますね……でもそれは梨花さんがこの服に馴染んでいるからかな?」
「どういう意味ですか?」
「服と人間には相性があって、自分と相性の良い服を着ると普通の服でも微力ながら魔力が出てくるんです」
「いやいや! きっとそういうことじゃないですし! ほら! めっちゃリラックスしてきた!」
「だからそれは慣れているだけの可能性もありますし。そうだ、梨花さん、魔法を見せて下さい。魔法のバスローブを着たことにより、魔力が上がっていればそのバスローブ自体に魔力がある証明になるので」
 というわけで、私は窓を開けて、指先を外に出しながら、
「水の魔法の最大出力をします!」
 と宣言した。
 バルさんが、
「この子は大体ホースで水を飛ばすくらいの水量が最大出力なんです」
 と補足説明してくれた。有難い。本当は自分でしないといけないところだった。
 リュウさんは頷いてから、
「分かりました」
 と言ったので、さぁ、やるぞ、と思ったんだけども、心の奥底を見ても何か全然水の気配はおろか、木の気配すらしない。
 えっ、どういうこと、と思いつつも、水の最大出力を念じたんだけども、全然水が出ない。
 出るのは汗のみ、あれあれ、ヤバイヤバイ、焦ってきた。
 リュウさんは小首を傾げながら、
「あっ、でも、どうぞどうぞ」
 と言ってくれたんだけども、全然出ない。その分、汗はすごい。
 その汗は全てバスローブが吸収してくれるからいいんだけども、額から流れる汗はさすがにヤバくて、もう目を開けてられないくらいの汗が流れてきたところで、リュウさんが、
「魔法、使えないんですね……一切無味のスイーツ状態ですね……」
 と疑っているというよりは、悲しそうな表情でこちらを見てきたタイミングで、バルさんが、
「違います! 梨花は魔法を使えます! 何か調子が悪いだけだよな!」
 私は赤べこ以上に頭を上下させて、激しく頷いた。
 リュウさんは深く息をついてから、
「ならば逆に魔力を吸い取るバスローブ、なんですかね」
 と興味深そうに私のことをまじまじと見た。
 というかどうやら何らかの魔法のバスローブであることは間違いないみたいだ。
「魔力を吸い取るとなると、それはそれで興味がありますね。すみません、今度は俺が着てもいいですか?」
 いやいやいや! 私が着ていた汗まみれのバスローブをリュウさんが着るなんていやらし過ぎるだろ! どういうプレイだよ!
 と思ったんだけども、何かもうチャンスだと思ってしまったので、
「じゃ、じゃあ着替えて、その、渡しますね」
 とヨダレを垂らしそうになりながら、交渉は成立。魔法は出ないが、汗とヨダレはすごい。
 交渉が成立しているからいいんだよ! と何か心の中でめちゃくちゃデカい声を出しつつ、まず私がバスローブから農夫の恰好に着替えて、リュウさんを呼んで、家の中でバスローブを着てもらおうと思っていたら、
「あっ、俺は強化された早着替えの魔法があるんで大丈夫です。そもそも家の中で俺一人にしたら危険でしょう。何するかどうか怖くないですか?」
 と言ってなんと目の前ですぐさまバスローブになったのだ! さらにリュウさんがさっきまで着ていた服はどこにもない!
 後半言った紳士的なことはもはやどうでもいい! どうなってるんだっ?
 という顔をしていたのだろう、リュウさんはすぐに説明してくれた。
「これは早着替えの魔法と言って、すぐに服を着替えることができる魔法です。着ていた服はそのまま魔力の中にストックしているような状況でいつでも着替えることができるんです。この魔法は基本的に一度普通に着ないといけないんですが、俺はこの魔法を強化しているので、一度も着ていない服でも着替えられるんです」
「そうなんですね……」
 魔法ってこんなものもあるんだと思って感心しながら、ゆっくりリュウさんのほうを見ると、私は違和感、というか当然のことに気付いた。
 私の魔法のバスローブは女子用のサイズで、リュウさんが着たらピッチピチになって、胸筋とか普通に透けるくらいの感じだし、股のほうはもうギリギリの長さだし、と、目の置き所に困る。
 でもリュウさんはそんなことはあまり気にせず、
「おかしいですね、魔力を吸い取られる感覚は無いですね。でもほんのり、魔力は感じました。着てみたらちょっとあることが分かりました」
「じゃあそのバスローブは魔法のバスローブなんですね!」
 と私は内心ウキウキしながらそう言うと、
「いえ、でも、体がリラックスするほどの、癒しの魔力があるようには感じられませんね。いや少しあるのかな? う~ん、まあ着替えます」
 とリュウさんが言うとすぐさまさっきまでの恰好になり、手にはバスローブを持っていて、それを私に手渡そうとしたところで、
「あっ、一旦洗ったほうがいいですよね」
「いや大丈夫です。ちょっとだけだったので」
 リュウさんからバスローブを奪うようにして、私は取り戻した。
 このバスローブ、ちょっと飾っちゃおうかな、と思っているとリュウさんがまたうんうん唸り始めた。
 一体何なんだろうと思って黙って見ていると、リュウさんが口を開き、
「これはもしかすると、梨花さんに何かあるのかもしれません。やっぱりあの温泉場で一瞬感じた謎の魔力のことも考慮すると」
 と言ってきて、私って何か悪い意味でヤバイのっ? と思ってしまったので、私は焦りながら、
「だっ! 大丈夫ですか! 私は本当に!」
「いえ、大丈夫とか大丈夫とかじゃなくて、梨花さんは特殊体質の可能性があります」
 と言ったところでバルさんが、
「実は、梨花は転移子なんです。異世界から来た可能性が高い異世界転移子なんです」
 それに驚いたリュウさんは、
「それならば、まず俺が作った見習い魔法使いの服を着てくれませんか?」
 そう言って何も無かった空間から突然、服を一式右手に出現させたリュウさん。
 リュウさんの懇願するような目に胸を高鳴らせながらも、リュウさんの作った服は絶対着るだろと思いつつ、私は着替えた。勿論、リュウさんはすぐに外へ出て行った。