毒に耐性のある魔王の手下が転生して聖女を目指したら

「これが、この街の地図です」


 初対面のローレッド様に、私が毒に耐性のある体質だということを伝えた。

 そしで私にできることは、毒を感知すること。毒を中和すること。毒関連の魔法の盾になること。

 とにかく、毒に関することならチート級の力を持っていることを理解してもらえた。


「ローレッド様には、民家やお店を訪問をお願いしたいと思っています」


 治癒魔法がお得意の聖女ではなく、毒耐性持ちの聖女ってところは笑われてしまった。

 前世では毒耐性を持っているというだけで気味悪がられていたのに、私が転生した世界では使い方次第ではチート級の力に相当する。

 それでも聖女が治癒魔法を使うことができないなんて、せっかくのチートも形無しとローレッド様は言いたいのかもしれない。


「こんなにも晴天の日ではありますが、今は食中毒の危険が高まる梅雨です」


 異世界に転生したこと、前世の私が亡くなってから時が流れたこと。

 その2つの要素が重なるだけで、私の体質や力はまるで別物のように扱われる。

 不思議な感覚に戸惑いつつも、私はローレッド様に協力を求めた。


「食中毒が心配される食べ物や、指定された期日を過ぎてしまった食品の毒を取り除くことが私たちの救いに繋がります」


 考え方も感じ方も、世界が違えば変わってしまう。

 いくつの世界が存在して、どれだけの数の時代があるのか。

 いくら異世界転生という仕組みがあっても、再会というのは難しいものなのかもしれない。

 もちろん前世で私を殺した勇者様と再会して復讐することも、叶えることのできない難しい夢なのかもしれない。


「なるほどな、大抵の人間は[[rb:危険未開拓地 > ダンジョン]]に向かうってことか」

「はい! その通りです」


 私が転生した世界では、勇者様と魔王様が平和な世界を維持していくことを約束した。

 戦乱の世ではない世界で、救いを求めている人を探すのはなかなか難しい。


「食中毒防止の手助けとは考えたな」

「食べ物の鮮度を戻すことはできませんが、食べられるか分からないような食品に潜む毒に対しても対応可能です!」


 ダンジョンと呼ばれている場所にいけば、人を襲ってくる魔物や人間の数は多い。

 けれど、みんながみんなダンジョンで救いの手を差し伸べていたら、助けを求める冒険者の数が足りなくなってしまうと私は踏んだ。


「で、不審がられないように、俺に信頼を勝ち取って来いと……」


 私たちが行おうとしていることは、救いを求めている人を助けるわけではない。

 食中毒を始めとする、食品に潜む毒をなんとかしてみせますと恩を着せる行為。

 いきなり民家やお店を訪問したところで、断られる可能性の方が高い。
「ローレッド様なら、大丈夫です!」

「信頼度高すぎだろ」

「最終的には、ローレッド様の顔を推していきましょう!」

「ふっ、了解」


 歴代のオーディションを研究した限りでは、傷ついた勇者様の治癒をする聖女様という構図が成立している合格者がほとんどだった。


(でも私は、傷ついたローレッド様を回復する術を持たない……)


 ほとんど活躍のない勇者様という印象を与えかねない私の作戦に、最初は反対されると思っていた。

 けれど、ローレッド様は出会って間もない私に絶大な信頼を置いてくれている。


(その信頼に応える働きをしたい……)


 前世は、魔王様の役にも立たずに人生を終えてしまった。

 今回の人生では、自身の毒耐性を役立てるための力に変えていきたい。


「ありがとうございました」

「もしも食中毒や食あたりが起きた場合は、こちらまで連絡をください」


 高身長に、ずっと眺めていられるくらい美しい容姿は人々を魅了する材料に繋がる。

 そして、相手の心に入り込むのが上手いローレッド様と手を組んだのは大正解。

 次々と私は、毒耐性を必要としてくれる人たちと出会うことができた。


(本当に聖女になれちゃうかもしれない……)


 私とローレッド様が書き込んだ情報が地図に反映されているようになっている魔法具を使いながら、私は順調に救いを求める人の数を稼いでいく。


(って、このまま上手くいけば……私はローレッド様に復讐を……?)


 まだ勇者と聖女に選ばれたわけでもないのに、ローレッド様と一緒にいればなんでもできそうな気がしてくる。

 聖女と呼ばれる縁のない職業とも、ローレッド様なら縁を結んでくれるような気がする。


(けど……)


 勇者候補と聖女候補が2人で行動しなければいけない理由。

 それは、オーディションが開催されるたびにネックレスの盗難事件が起きるから。

 オーディション参加者同士の妨害工作から身を守るため、勇者候補の人とは常に行動を共にするよう言われている。


(私を守ってくれる勇者様候補は、傍にいない……)


 常に自分がネックレスを身に着けているか気にしてはいるものの、ここで誰かに襲われるなんて妨害行為が起きたら対応できない。


(早くローレッド様と合流した方がいいのかもしれな……)


 傍にいないローレッド様を想って、首に飾られたネックレスに手をかけたときだった。


「え……」


 ネックレスがない。

 常にネックレスが奪われないように細心の注意を払っていたにも関わらず、突然身に着けていたネックレスが姿形をなくしてしまっている。
(なんで……?)


 ネックレスを引っ張られて首を絞められた記憶もなければ、ネックレスを見せてほしいと頼んできた人もいない。


盗賊(シーフ)系の魔法……?)


 どうして盗賊(シーフ)系魔法の使い手が勇者様候補を目指しているのか。

 愕然としてしまうけれど、引退するまでの生活が保障されている勇者という職業に憧れる人は多い。


(私だって治癒魔法を使えるわけじゃなくて、ただ毒に耐性があるだけ……)


 ふと空を見上げると、もうすぐで指定された太陽が沈む時刻が近づいていることが分かる。

 自分の心情とは正反対の美しい夕焼け空が広がっていて、私の心は凄くとても窮屈になってくる。


(これだけ多くの人を救っていれば、私は失格になってもローレッド様なら……)


 私は、オーディション会場に行くことを諦めた。

 ネックレスを所持していない私には、もう聖女になる資格はないから。


(でも、最後にできることを……)


 尋ねた民家やお店を、再び訪問する。

 たとえ聖女になることができなくても、国からお借りしたネックレスを取り返すことがオーディション参加者の義務だと思ったから。


「はぁ……」


 足が棒になるほど、この街を歩いた。

 それらしい情報を得ることはできなくて、溜め息しか零れてこない。


(今頃、勇者様と聖女様の発表が行われているよね……)


 綺麗だと思った橙色の空は消え去ってしまった。

 そして今は、月と星が美しく輝きだす時間帯。

 それだけ奔走したとも言えるけど、何も成果を上げることができないのは前世の私と同じ。

 現世の私は、前世のような人生を歩み始めている。


(勇者様と魔王様が争わない世界……)


 私が前世で生きてきた世界では、勇者様と魔王様が争いを続けてきた。

 異世界転生したあとの世界のような盟約が交わされていたら、きっと勇者様と魔王様の戦争は終わっていた。

 平和な世界で、私は寿命尽きるその日まで魔王様の傍にいることができたかもしれない。


(勇者様に復讐する方法、新しく考えないと……)


 いくら前世持ちと呼ばれる存在だとしても、やっていいことと悪いことがある。

 前世とは無関係の勇者様に復讐しようとするなんて、妄想癖が酷いと咎められても可笑しくない。


「魔王様……」


 どこの世界の、どこの時代を生きているかも分からない愛しい人の名を呼ぶ。

 魔王は名前じゃないって怒られるかもしれないけれど、私を叱るその声すら懐かしい。


「お姉ちゃんって、名前、フェミリア名前だったよね?」


 街の名物である噴水広場で、途方に暮れている私に声をかける人物が現れた。

 魔王様とは真逆の人生を生きていそうな、純粋無垢な男の子。
「はい……あ、もしかして食中毒が発生してしまった……」

「ううん、今ちゅーけいで、お兄ちゃんが呼んでたよ」


 ちゅーけい?


「あ、中継ですね!」


 離れている場所の映像を見るための魔道具が、この子の家にはあるのかもしれない。


「えっと……えっと……その映像はどうやって見れば……」

「こっち」

「ありがとうございます」


 男の子に招かれて民家を訪れると、昼間に訪問した優しそうなご家族が私のことを迎え入れてくれた。

 私が食品に宿り始めていた毒を体内に取り入れたおかげで、それはそれは美味しい夕食を味わうことができたと話をしてくれる。


「フェミリアちゃん、こっちに魔道具があるんだけど……」


 ネックレスを奪われておきながら、なんて平和な世界を生きているんだろうと思った。

 平和な世界を生きることができるだけでも嬉しいのに、私の名前を呼んでくれる人たちと出会えたことは私に大きな喜びをもたらす。


『第173代勇者ローレッド・ドフリーは……』


 魔法具越しに、久々にローレッド様の顔を拝見する。

 幸せを感じすぎた涙腺が弱ってきているせいで、ローレッド様の顔を見るだけで泣きたくなってくる。

 待ち合わせ場所に行くことができなくて、ごめんなさい。

 たくさん協力してくれたのに、合わせる顔がないような事態を招き入れてしまってごめんなさ……。


『第157代聖女のフェミリア・ウィネットとの婚約を発表する』


 一瞬、時が止まったような錯覚に陥った。


「…………ええ!?」


 ローレッド様の言葉を受けて、叫び声を上げたのは私だけではない。

 私を招待してくれた男の子の家族。そして勇者就任会見が行われている会場を訪れている記者や観客の人たち。

 みんながみんな、謎の悲鳴を発したと思う。


『もしやお2人は、恋人同士……』

『いや、俺の片想いだ』

『えーっと……?』


 多くの記者がローレッド様に詰め寄るけれど、ローレッド様は相変わらずご自身の感情を顔に出さない。

 困惑しているだろう記者さんと観客の人たちを助けに行かなければいけないと思って、男の子の家を飛び出そうとするけれど……。


(助ける……? 私が……? どうやって……?)


 心では、そんなことを思っている。

 でも、体が先に動こうとした。


『勇者の任を全うすることで、フェミリアの心を射止める』


 私は、ローレッド様の1番の理解者だと言わんばかりに身体が反応を示す。


『俺を好きになってもらえるように、これから努力していく』


 その日、勇者からの愛の告白が多くの国民の心を打った。

 割れんばかりの拍手って、こういう音のことを言うんだと……私は一生分の拍手と言っても過言ではない祝福の音が聴覚に鮮明な記憶として刻まれた。
「ったく、少しは信用しろ」

「申し訳ございませんでした……」


 ローレッド様のありがた~い協力のおかげもあり、私は無事に第157代聖女に選ばれた。


「でも、どうやって私のネックレスを取り返して……」

「オーディション会場に居合わせた女が、店の中から俺のことを出迎えたんだよ」


 ローレッド様が適当に聖女は体調不良と言ってくれたおかげで、私は国や国民の期待を裏切ることなく聖女へと就任した。


「怪しいと思って目をつけていたら、ネックレスを片っ端から盗んでいったわけ」

「なるほど……」


 今日は勇者と聖女の就任をお祝いするためのパーティーが開かれる日ということで、私もローレッド様も気慣れない正装姿でお城の中を歩いていた。


「とっくにネックレスは取り返してあった上に、通報済み」

「……ありがとうございました……」


 初めて着るお姫様らしいドレスに感動の気持ちはあっても、鏡に映る自分の姿はあまりにも幼稚。

 現実を振り返ると悲しくなるので、なるべく鏡などの反射するものは見ないようにしよう。


「私の前世を知っていたなら、始めから声をかけてくだされば良かったのに……」

「惚れた女が、ほかの男に取られる前に声はかけただろ」

「っ、そんな……惚れたとか軽々しく口にしないでください!」


 それでも私が少しでも美しく見えるように整えてくれたのは、私に対して髪型やお化粧やドレスやアクセサリーを施してくれた人たちがいたから。

 私に優しくしてくれる人が存在する世界は、今日もやっぱり平和だと思う。


「ところで……」

「ん?」


 そんな私に比べて、ローレッド様はさすがの着こなしで私のことを魅了してくる。

 ローレッド様に似合わないものは、この世に存在しない。

 そんな威厳あるローレッド様は、勇者というより魔王っぽいなって思った。


「ローレッド様は……魔王様ですか? それとも勇者様……」

「…………はぁ」


 こんなにも盛大な溜め息を、私は見たことがなかった。


「え、だって、見た目も性格も違うのに、どうやって前世を確かめるんですか!?」

「俺は一目で分かったよ」

「それは、私が前世と同じく毒耐性持ちだからですよね?」

「会場で初めて会ったとき、リアが毒耐性かどうかなんて知る術がないだろ」

「…………」


 リア。

 私が駆けつけることのできなかった記者会見の場でしか、私の名前を呼んでくれなかったローレッド様が突然私のことを愛称で呼ぶ。


(前世では、名前を呼んでもらえることが貴重だと思っていたのに……)


 こんなにも乙女心をくすぐる方法を知っている……とてもとっても女性慣れしているローレッド様が狡くて狡くて地団駄を踏みたくなる。

 私が転生するまでの間に、ローレッド様はどれだけの女性経験を積まれたことか想像することすらできない。
「確固たる証拠がないだけで、本当は分かっています! 分かっていますからね!」

「俺が前世で勇者だったら、どうするんだ?」

「……明日から、ぎっとぎとの油を仕込んだ食事をお持ちします」


 地団駄を踏むどころか、ドレスの裾を踏んでしまった。


「前世が魔王なら?」


 躓きそうになった私に気づいてくれたのは、もちろんローレッド様。

 床に体を打ちつけることのないように手を差し伸べて私を支えてくれたのは、もちろん……。


「……ローレッド様の腕の中に飛び込みたいです」


 前世では、愛しい人と視線を交えることすら恐れ多いと思っていた。

 それなのに、私が転生した世界では愛しいと見つめ合うことを許されている。

 愛しい人に触れることを、私たちは許してもらうことができた。


「ん、じゃあ遠慮なく」


 私は腕の中に飛び込みたいと言ったのに、私はローレッド様に引き寄せられるかたちで抱き締められた。


「転生してくんの、遅すぎ」

「そんなこと言われても……」


 悲しいとき、涙を零したことがある。

 悔しいとき、涙が零れたときがある。

 苦しいとき、もう涙は溢れてこないものだと知った。


「こっちはアリアナが死んでから、何度も転生したと思ってるんだよ」


 そして今、たくさんの幸せをもらうと人は涙するものだと知る。


「ずっと探してた」


 私を抱き締める腕に力が込められ、より近くで愛しい人の熱を感じる。

 熱くて、暑くて、頭の中が可笑しくなってしまいそうになる。

 それだけ高い熱に、私は優しく包み込まれる。


「あ……あの……ローレッド様……」

「ん?」

「お化粧が酷いことになっちゃいます……」

「雰囲気ぶち壊しすぎだろ」

「だって……」


 もっと、もっと、愛しい人の熱が欲しかった。

 けれど、受け取る愛情の許容量を超えた私はローレッド様の腕の中で暴れ出す。

 これ以上ローレッド様の熱を感じていたら、私は2度とローレッド様の傍を離れられなくなってしまう。


「待たせた責任、とってもらうからな」

「お化粧を直したあとなら……」

「意味分かって、言ってんの?」

「え……あの……」


 遠い世界の、遠い時代で、魔王様に恋をした魔法様の配下がいました。


「ローレッド!」


 配下の恋は実ることがなく、魔王の配下は魔王の配下らしく勇者に命を奪われてしまいます。


「あー……邪魔者が来た」

「え? え? どなたですか……?」

「ローレッド、彼女を解放してもらえるかな」


 そして長い時間をかけ、勇者様と魔法様。

 そして、魔王の配下は再び同じ世界の同じ時代で巡り合うことになりました。


「なんで、おまえの命令を聞かなきゃいけない……」

「久しぶりだね、フェミリア」

「え……え……?」

「覚えていない……かな」

「おい、無視すんな」


 これは、とある世界の異世界転生物語。

 何度も何度も転生を繰り返した勇者様と魔王様。

 そして、ようやく人間に転生できた魔王の配下()

 私たちが幸せになるための異世界転生、開幕です。

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