8、君とロマンティックを透明にしたい。

傷ついた君の心を癒やしたいから、
そっと抱きしめて、時を止めた。
降り続く雪は君の髪にそっとつもり、
簡単に水滴になって、白さは消えていく。
いくつになっても君のことを
ずっと見ていたいから、今は落ち着けよ。
肩を震わせて泣き始めた君は
はぐれて、孤独なペンギンみたいに
怖さをすべて、知っているように感じる。
どんな絶望もすべてに熱を加えて、
キャンディを溶かしてもう一度作り直そう。
楽しさをたくさん、作っていこう。
だから、ずっと、
このままでいようね。



 今日も、俺は詩を書き終え、それをインスタに投稿した。すると、あっという間にいいねが増えていく。暗い部屋の中、ベッドの上でアカウントを更新し終えた。

 いつものことだ。ベッドの上で、iPhoneひとつで世界を変えることは簡単だ。
 ベッドに横になりながら、親指で画面をスクロールして、他の人たちの世界をいつものように眺め始めた。
 どこかの誰かが、俺の知らない街で、知らない世界を体験している。
 そんな画像がどんどん下へ流れていく。

 そんないつも通り、ダラダラとタイムラインを遡っている最中にDMが来た。
 いつもなら、DMなんてほとんど無視しているのに、俺は思わず、アカウント名を見て、DMを開いてしまった。



 あれから、1ヶ月くらい、DMが続いている。一日一通の何気ないやり取りだ。
 私は勇気を出して、ハルくん。いや――。
 《sad_spring》さんにDMしたのが、このやりとりの始まりだった。理由は詩に使われている画像が私の住む街と同じだったから、もしかしたら、会えるかもって思ったのと、もう一つ、直感的に私の妄想が働いたからだった。
そして、高校生で、同じ歳であることも、公表していたから、同級生同士のDMなら、返事をしてくれるかもと思った。
《sad_spring》さんは、すでにフォロワーが8000人もいたけど、そんな私のDMになぜか返してくれた。

《君の詩もいいよね》
《ありがとうございます》
《DMのたった一言だけ「いいね」って言っても、『これだけじゃ、つたなすぎて、気持ちを伝えられないから、あとで手紙で伝えるね』って言いたいところだけど、それは物理的に不可能だから、簡単な言葉になっちゃうけど、許してね。あと、タメでいいよ》
《ありがとう。大丈夫だよ。褒めてくれただけでめっちゃ嬉しい》
 私は《sad_spring》さんとのDMの履歴をさかのぼりながら、ため息を吐いた。

 今日も、私はスタバにいき、発売したばかりの期間限定フラペチーノをiPhoneで撮り、そして、インスタ上で加工を始めた。私のフォロワーは、《sad_spring》さんと違って、100人もいない。
 だから、このアカウントは、私の日記にすぎない。

 

スタバで君への思いを浄化さたくて、
甘さをしっかりと味わうことにしたよ。
君との世界は一緒だってこと、
信じることができるけど、
涙はなぜかわからないけど、溢れてしまうよ。
あの日、君が好きと言った言葉、
それが本当だったなら、
私は今日、
こんな寂しい思いしてなかったのに。



 そして、思いっきり、《sad_spring》さんに影響を受けている、ポエムを添えて、フラペチーノの画像を投稿した。私は右手に持っていたiPhoneをテーブルに置き、プラスチックカップを手に取った。そして、紙ストローを咥え、フラペチーノを一口飲んだ。口に含むと、チョコとホイップクリームの甘さが口いっぱいに広がった。

 あれだけやり取りをしていたのに、もう、1週間も《sad_spring》さんから、DMが返ってきていなかった。私はそれに少しだけ憂鬱だった。
 ――上手く行ってると思ったのに。

 《sad_spring》さんからの、最初の返信で、ハルって呼んでと言われたから、その次の返信から、《sad_spring》さんのことをハルくんと呼ぶようになった。まだ、お互いにどの高校に行っているとか、そういう話はできていない。だけど、《ハル》という名前を知って、私はドキッとした。
 幼稚園のとき、ものすごく仲がよかった、ハルくんじゃないのかなって、思ったからだ。
 
 そう思っているのは私の勝手な思い込みじゃなくて、《ルナちゃんって子、幼稚園のとき、仲がよかったな》ってハルくんから、メッセージが来たからだった。 
 高校2年生になった今、幼稚園の頃のハルくんとの遊んだ記憶は断片的だけど、誕生日の日に、園庭で摘んだたんぽぽの束をくれたことや、好きだよって、告白してくれたことは忘れなかった。

 だけど、小学校ですでに、別の学校へ進み、私たちは離れ離れになってしまった。
 今となってはどんな顔だったかも、曖昧になっているし、どうして、仲がよかったのかも思い出すことができない。『ただ、ひとつだけ』、しっかりと今でも覚えているは、ハルくんは幼稚園を休みがちだったということだ。
 たまに長い間、幼稚園に来ないときがあって、クラスの先生に《ハルくんは?》とよく聞いていた。

 だから、もしかすると、今、DMでやり取りしているハルくんは、幼稚園のとき、大好きだったハルくんの可能性がかなり高いような気がした。
 右手に持った、プラスチックカップをテーブルに置き、テーブルに置いたままのiPhoneの画面ロックを解除して、右手の人差し指で、インスタのタイムラインを遡りはじめた。すると、《sad_spring》の新しい投稿を見つけた。投稿も、2週間ぶりだったから、私はその投稿をすぐにタップした。



堤防の青芝が西日で淡い。
北の村に遅い夏が来た。
君と肩をくっつけ、川をぼんやり眺める。

夕方のサイレンが鳴り、変わりたくない時が終わった。
君が立ち上がり、歩きだす。
30年も直していないアスファルトがボロく、悲しい。
西日のオレンジ、逆光でも君はキレイだ。
 


 私は何度も、投稿された文章と、いつもより、エモくないどこか見覚えのある住宅街の画像をしばらくの間、眺めた。
 
「雰囲気、変えたのかな」
 思ったことを、口にしたあと、いつもより少ない、いいねの数が気になったけど、ハートマークを人差し指で赤く灯した。



《久々の連絡になって、ごめんなさい 近いうちに会うことはできますか》

 そう打ち込んだメッセージを送信すると、一気に心臓が騒がしくなった。もうそろそろ、会わなければいけない。そんなことを思いながら、窓越しに夜の街を眺めた。部屋の窓越しに見える街は、青白く輝いた。
 そして、はるか先に見える海は闇の中で、くっきりと街と、海の境界線がわかる。その境界線を作っているのは、国道の白い街灯で、右側に向かってゆるく孤を描いていた。

 ルナちゃんは、きっと、知っている人だと思う。同じ幼稚園の園庭を走り回っていたかもしれない。やり取りや、今までのことの整合性を取ると、そうなのかもしれないと日に日に、確信できるようになった。
 もう、過去の悲しみは抜けそうだなって思った。

 右手に持ったままのiPhoneに通知が来たことを知らされ、プッシュ通知をタップした。

 インスタが勝手に起動し、DMの画面が表示された。そして、やっぱり、ルナちゃんだった。

《まだ、月曜日が始まったばかりだよ ゆっくり話してみたいから、今週の土曜日、会いたいです》

 そっか。
 今日はまだ、世間的には何もかも動き始めた日だったか。すっかり曜日感覚が消えてしまっていて、不審に思われないかと少しだけ心配になった。

 ちょうど、港の方から、大きな汽笛が聞こえた。いつものフェリーの出港時間だ。

《だよね 今、汽笛聞こえたね》
《うん てか、やばいね やっぱり同じ街じゃん》
 やっぱり、そうだったんだ。

《だね そうだと思ってた 土曜、13時に駅で待ってるね》
《うん、会うの楽しみ》
 すぐに返ってきたルナちゃんからのメッセージをしばらく眺めたあと、インスタを閉じた。そして、iPhoneを握ったまま、また窓越しに夜の街を眺め始めた。



忘れないうちに何度も言葉を自分の内側に繰り返す。
私は忘れやすいから、
ちょっとした言葉とか、
これからの人生に影響しそうな出来事とか、
結構忘れる。
今この瞬間を今生きているって感じは毎日するけど、
今の積み重なりを振り返ることが苦手。
青春あっという間、ってそういうことか。



「やっぱりテイスト変えたのかな」と私はまた、思わず独り言を吐いてしまった。『私が言いたいことは、』誰も聞いてくれるはずもなく、簡単に宙を舞った。

 バスに乗り、学校に向かっている途中、朝からインスタのタイムラインを見ていた。バスの窓越しの世界は雨で濡れていて雨粒の先に灰色に濡れた街が流れいた。
 《sad_spring》のアカウントをタップすると、こんなテイストの詩がずらりと並び始めていた。これで、5日連続、こういう感じのテイストの詩だった。
 この5日でフォロワー数が一気に下がっているような気がする。10や20じゃなく、もう、300人以上はフォロワーが減っているような気がする。
 コメント欄も応援コメントよりも、いい加減、元に戻してくださいとか、言われていて、結構、荒れている。別にそんなこと、言わなくてもいいじゃん。って思いながらも、最新の投稿から、人差し指で、過去に遡ってみた。



「地球は青かった」
ガガーリンのように決め台詞を言いたい
なんで感動している最中にあんな言葉が出てくるのだろう
宇宙の冷たさで冷えっ冷えっの
コーヒーを飲みながら言うならわかるけれど、
宇宙船の計器を常に確認しながら、
孤独の中で言うのだから、
尊敬しますわ
地球?青いよ
 


過去を忘れることを決めた日、
今しか見ないことを決めた。
生きることに集中するって、
仕事だけじゃないことにようやく気付いた。
テレビでド田舎に住んでいる人の意味がわかった気がする。
結局、過去を捨てれない自分が惨めだ。
時空がプリズムみたいに歪んだ。



雨上がりの路面に赤信号が反射していた。
死にたがりだったあの子が、
赤信号を待っているとき、
なんで生まれてきたんだろ。
と言ってたことを思い出した。
哲学すぎてわからないと答えたら、
あの子に浮いた印象を与えた。
結局、あの子は死ぬことはなかった。



コンクリートの非常階段から夜景を眺めていた。
夏が始まったばかりだから、少し冷たい。
時々、なぜこんなに人が都会に暮らすのか疑問に思うけど、
便利で仕事があるからに尽きる。
セブンスターが燃え切ったとき、
遠くで隕石が落ちていくのが見え、手が震えた。



一瞬であの日の一瞬に戻ったみたいな夢で、
もう、会うはずもない君と、
ずっと、心地よいお話をしていたい。
目覚めて、現実に戻り、
まるで、今にタイムスリップしたような
感覚を覚えるくらい、
過去の中の君の笑顔は素敵だった。
君とは、もう、世界線が違うのに、
君のことを、未だに夢で見てしまうのは、
期限切れの恋が忘れられないからだよ。
冷たい朝を続けたくて、
窓を開けて、
冷蔵庫からアイスコーヒーを
取り出して、グラスに注いだあと、
君の名前をそっと口に出してみた。



 なにがあったんだろう――。
 明日、ハルくんと、会うことになるのに、最近のハルくんの不調が気になる。そして、隕石の詩と、タイムスリップの詩の間には、とても差があるように感じた。タイムスリップの詩は、もちろん、更新が止まる前のものだった。その詩はまるで、私に当てられているような気がして、これを読んだ2週間前はものすごくドキドキした。

 だけど、ここ5日の詩は、やっぱり、雰囲気が変わっていた。
 別に私自身、詩人とかじゃないけど、技術的に戻ってしまったような、そんな雰囲気が出ていて、何が原因なのか、すごく気になった。
 とにかく、明日、会うことになっているハルくんが、幼稚園のときのハルくんだったらいいな。
 それと、晴れてくれたらいいなって思っていたら、バスはあっという間に高校近くのバス停に着いた。



《私はハルくんがわかるように黄色いワンピースを着ていくね》
《わかった 見つけるよ》
 という、昨日の夜のやり取りをもう一度、確認したあと、iPhoneを先月、ノースフェイスで買ったばかりの、カーキのショルダーバッグに入れた。

 駅の外は今日も雨が降り続いていて、きっと、ワンピース姿で来るルナが寒くないか、少しだけ心配だった。
 だけど、こんな冷たい雨が降り続くなか、黄色のワンピースを着た、同じ歳くらいの女の子がバスターミナルから、歩いてきているのが見えた。だから、その方へ、ゆっくりと歩き始めることにした。



「え、ちがうと思います」
 私は混乱した。私の目の前には、黒髪ロングで、カーキのショルダーバッグを肩から下げている、私と同じ歳くらいの女子が目の前に立っていた。ボーイッシュな格好で、ベージュのキャップに、白のゆったりとしたTシャツ、そして、ジーンズの出で立ちだった。
 だから、私は、慌てて、さっきバスを降りた方へ、歩き出そうとすると、思いっきり、右手首を掴まれた。

「ちょっと、離して」
「いや、だから、待ってよ。ルナちゃん」
「馴れ馴れしく、ルナちゃんって、呼ばないでよ」
 私は、女子の方を振り向き、目を細めた。精一杯の敵意を込めたあと、掴まれた手を振り払うために、右手を何度か、上下に振ったけど、女子は全く手を解く様子はなかった。

「落ち着いて。いろいろ、あなたに伝えなくちゃいけないことがあるから」
 女子はそう冷静な声で、真剣そうな表情でそう言ったから、私は諦めて、わかったと返した。すると、掴まれた手は離された。

「私、まだ、限定のフラペチーノ飲んでないんだ」と女子にそう言われたから、また少しだけ、ムカついた。



 スタバの店内は土曜日の昼過ぎの所為か、ほとんどの席が埋まっていて、いろんな人たちの声とピアノが主旋律を奏でるジャズのBGMが混じっていた。
 私とルナちゃんは、限定のフラペチーノをカウンターで受け取ったとき、ちょうど、テーブル席が空いたから、私はルナちゃんに聞かずに、その席へ向かうと、ルナちゃんもついて来た。

 テーブル席に座り、ルナちゃんと向い合せになった。
 女二人でスタバって、完全に仲いい子同士がやることだけど、もちろん、私とルナちゃんは初対面だ。私はどうやって、話せばいいのか、わからなくて、思わず天井からぶら下がっている電球型の照明を数秒間、見つめた。
 だけど、いい案が思いつかないし、ルナちゃんも無口のままだったから、とりあえずこう、声をかけることにした。

「とりあえず、飲もっか」
「そうだね。せっかくのフラペチーノだからね」
「インスタに上げなくていいの?」
「先々週上げたから、大丈夫」
 そうルナちゃんは低い声で言ったあと、プラスチックカップを持ち、フラペチーノを一口飲んだ。だから、私もとりあえず、ルナちゃんと同じようにフラペチーノを一口飲んだ。

「あなた、名前なんていうの?」
 あ、そっか。まだ、私、名前すら名乗ってなかったのか。

「ツキノって言うの」
「へえ」
「ルナちゃんと、きっと名前の着想は一緒だよ」
「そうだね。ツキノさんよりもさ、ハルくんに会いたかったんだけど、私」
「そうだよね。騙すつもりはなかったんだけど、こうするしか方法がなくて」
 と私がそう言い終わると、ルナちゃんはふーん、と興味がなさそうな声で、そう返していた。だから、罪悪感を打ち消すために、もう一口フラペチーノを飲んだ。そして、すっと息を吐いたあと、私は覚悟を決めた。

「あのね。ハルは本当に居たの」
「じゃあ、なんでハルくんじゃなくて、ツキノさんがここに来てるの? いたずら?」
「違うよ。落ち着いて聞いてね。――ハルは2週間前、死んだの」
 ちょうど、ピアノの音が切なく途切れ、そして、ジャズは終わり、一瞬の静寂に包まれた。 

「……死んだって。――本当に?」
 思わず止まってしまった呼吸を再開した。

 え、ウソでしょ。
 どうして、こんなこと、起きるのと、私が抱いていた淡い恋や、ハルくんへの思いと、そんな聞きたいことばかりが頭のなかでグルグルと飲み干したフラペチーノをかき回すように、虚しい気持ちになった。

「本当だよ。昔から身体、弱かったから、これでも生きたほうなんだよ」とツキノは落ち着いた声でそう返してくれた。

 そもそも、ツキノはハルくんとどんな関係なんだろう。もしかしたら、ハルくんの彼女だったのかな。
 それなら、なんで2週間前に死んだ、ハルくんになりきって、私にDMする意味があったんだろう。
 てか、そもそも、ハルくんは昨日まで詩を毎日、インスタに上げていたじゃん。ってことは――。

「ツキノさんが、ハルくんのインスタ操作してたってこと?」
「そう。そういうこと。ハルが死ぬ前にお願いされたの」
「――じゃあ、最近の詩は、ツキノさんが作ったの?」と聞くと、ツキノは少しだけ、頬を緩めながら、小さく頷いた。
「あれでも、私なりに頑張ってみたの。sad_springっぽい感じだったでしょ?」
「ううん。あれはハルくんっぽくなかったよ」
「そっか。やっぱ、兄ちゃんっぽく、書けなかったかー。私」
「え、兄妹なの?」
 と私が驚きながら、そう聞くと、またツキノは照れくさそうに小さく、うんと頷いた。

「年子なの。私たち。兄ちゃんの一個下なんだ」
「彼女なのかと思った」と言うと、いや、そんなわけないじゃんと、弱く笑いながら、ツキノはそう言った。
 ツキノが笑ったから、私も小さく笑い返しながら、カップを手に取り、またフラペチーノを一口飲んだ。ツキノの奥に見える大きな窓は相変わらず濡れていた。

「ねえ、ルナちゃん」とツキノはそう言いながら、カーキのショルダーバッグから、何かを取り出し、それをテーブルの真ん中に乗せた。

 それはピンクのハートがらの封筒で、封筒の真ん中には、《ルナちゃんへ》と書いてあった。



 ルナちゃんへ

 本当は君に会いたかったというのが正直なところです。
 しかし、現実問題として、俺はもう外には出られなさそうです。
 だから、手紙をツキノに託すことにしました。

 こんな偶然、あるんだって言うのが最初の率直な感想だったな。
 DM開いて、アカウント名みて、もしかしてって思ったよ。
 誕生日の数字も覚えている数字と一緒だったしさ。
 しかも、話していたら、同級生だし、
 インスタの投稿される写真の景色は見覚えあるものばかりだし。

 奇跡だと思ったよ。

 今でもあのときのまま、ルナちゃんのことが好きなことは忘れてなかったし、
 いつか、会えるかもって、なんとなく考えていたんだ。
 だから、本当は会いたかった。
 ただ単に幼稚園の頃に戻ったように、純粋な気持ちでハルちゃんと話してみたかったな。
 
 ひとつだけ、お願いがあるんだ。
 
 ルナちゃんの詩、俺はすごく好きだったよ。
 俺みたいだなって、最初は思ったけど、
 素直な気持ちに触れているみたいに感じた。

 だから、俺がインスタを更新できなくなったら、
 俺のアカウント、引き継いでくれたら嬉しいな。
 
『生きている証が君によって、続いたら、すごくいいなって思ったんだ』

 もちろん、嫌だったら断ってもいいよ。
 そうなったら、現世の思い出はツキノに消してもらうつもりだから。

 だから、『重いお願いになるけど、受けてくれたら嬉しいな』
 『最後にひとつだけ伝えるね』
 無邪気な『君のことが好きだった』
 
 読んでくれてありがとう。さよなら。



 ソーダ水の中で、君と泳いだ日々は、
 遥か遠くの思い出になってしまったけど、
 私はずっと忘れないよ。
 君は優しかったね。
 もし、あの日々が続いていたら、
 私たち、どうだったんだろうって、
 たまに考えるんだ。
 悲しいことや、芽吹き始めた木々の葉や、
 苦しいことや、眩しすぎる夏至の朝日を見た日とか、
 そういうのをもっと、
 ふたりで一緒に感じたかったな。
 だけどね。
 これだけは言えるんだ。
 君は私の胸の中で生きているよ。
 
 私はiPhoneをそっと、テーブルの上に置き、フラペチーノを一口飲んだ。
『やっぱり、想いを伝えるのって、手紙みたいに上手くいかないね。言ってること、ぐちゃぐちゃじゃん』
音楽みたいにもっと文章を『奏』でることできたらいいのにな。本当にそんなことできたら、きっと、私は嬉しい気持ちになるし、心も軽くなると思う。それだけ、ハルくんのアカウントを引き継いだのを重く感じるときもあるんだよ。
だけどね、たまに上手く表現できるときがあって、その時は本当にすっきりするよ。気持ちいい海辺の真ん中で、快『哉』(かいさい))を叫ぶように。

 『くん』れんから、たんれんへ。
 あーあ。『自分らしく強く生きてね』って言われたいな。
 私はもっと、ハルくんみたいな文章力がほしいとそっと願った。






「これが昨日、書いたやつ?」
「そう。面白かったでしょ」
 ひとりがけのソファに沈みこんでいた涼葉はそう言いながら、テーブルの方に身を乗り出した。そして、紙カップを手に取り、ホットの抹茶ティーラテを一口飲んだ。僕はテーブルにノートを置いたあと、僕も涼葉と同じようにプラスチックカップを手に取り、アイスのドリップコーヒーを一口飲んだ。
 
「今回もよかったよ」
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ。本当にいつもありがとう」
「なんだよ、急に」
 縁起でもない。と続けて言いそうになったけど、直前になって気づき、言うのをやめた。今は嫌なことなんて忘れて、今を楽しむことに集中しよう――。

「本当にそう思ってるからだよ」
「次も待ってるよ」
 僕はそう言ったあと、さっき思ったことを誤魔化そうと思い、ストローをもう一度咥え、アイスコーヒーを飲んだ。

「――ねえ、これで最後にしようと思ってるんだ」
「えっ、だって昨日――」
「うん、昨日言ったでしょ。次は長い夢みたいな小説書くって」
「そうじゃん。なのに、なんで最後なんだよ」
 僕がそう返すと涼葉はじっと、僕のことを見つめてきた。いつものように透明感がある瞳にまた今日も僕は吸い込まれそうな気分になった。

「――さすがに手書きはキツかなって思って」
「えっ?」
「手書きは最後にしようと思ったんだ」
「なんだよ、それ。びっくりした」と言うと、涼葉は、ふふっと弱く笑った。騙されたー。と僕は心の声をそのまま口に出したあと、手に持ったままのカップを口元に寄せて、ストローを咥え、さらにアイスコーヒーを飲んだ。

「だから、このノート、一回預けてもいい?」
「え、なんで。意味わからないじゃん」
「いいでしょ。私、しばらく長い小説、iPadで書くことにしたから。親にそれ言ったら、昨日、キーボード買ってくれたんだ」
「ちゃっかりしてるな」
「でしょ。私、本気で目指すから。応援して」
 誇らしげな表情をしながら、涼葉は紙カップを手に取り、そしてまた、抹茶ラテを一口飲んだ。

「応援はもちろんするよ。てか、めっちゃ楽しみだし。だけど、ノート預かるのは意味わかんない」
「なぞの抵抗じゃん、それ。うーんとねぇ。私、長い小説書いてる間、奏哉くん、読むものなくなるでしょ。すると、退屈じゃん。だから、退屈しのぎに貸してあげるの」
 カップを置いたあと、再び涼葉は僕のことをじっと見つめてきた。
「なんかそれ、僕がすごい暇人みたいじゃん」
「とにかく、長い小説が完成するまで預かってほしいの。私がこの世界に存在していることを残したいから」
 じっと見つめられたまま、そう言われて僕は次に言い返す言葉なんて思いつくはずもなかった。

「――いいよ。長い小説完成させるまで預かるよ」
 そう返すと涼葉はニコッとした表情を浮かべた。
「ありがとう。――愛してるよ。マイダーリン」
 急にそんなこと言われたから、僕は思わず鼻から息を抜くように、ふっと笑ってしまった。




 スタバを出て、学校と反対方向の切符を買い、ホームで数分電車を待ち、そして、電車に乗った。日曜日の11時台の電車は比較的空いていて、僕と涼葉は青いロングシートの端に横並びで座ることができた。
 5駅先の終点で、その終着駅の先に僕たちの目的地がある。
 
「疲れてない? 大丈夫?」
「大丈夫だって。私のこと、病人扱いしないで」
「別に病人じゃなくたって、聞くよ」
「まだ、スタバ行って、電車乗って、1時間ちょっとしか経ってないのに?」
「ごめんなさい」
「なんか、それ嫌だなぁ。私が脅したみたいじゃん。謝らないで。そんなことより、ビートルズ聴きたいな」
 そう言われて、僕は思わず左側に座る涼葉を見た。涼葉はニヤニヤした表情を浮かべていた。今日はお団子ではなく、青いレースのシュシュで髪は一本にまとめられていた。隣に座っていると、そのシュシュが視線に入り、思わず意識してしまう。

「ダサかったんじゃないのかよ」
「気にし過ぎだよ。奏哉くんは。別にいいじゃん、好きな人の好きな音楽を聴きたいって思うのは自然なことでしょ」
 そう言われて、僕ははっとした。
「――あわせなくていいよ」
「違うよ。私は奏哉くんが好きなものを好きになりたいだけなんだよ。だから、聴かせて。テンションあがる曲」
 バッグからAirPodsと、iPhoneを取り出した。そして、ケースからAirPodsの片方を取り出し、それを涼葉に渡した。涼葉は優しい表情を浮かべながら、ありがとうと言ってくれた。
 だから、僕はiPhoneでSpotifyを起動し、She Loves Youを選んだ。曲をタップしてすぐにアップテンポの軽いドラムが流れてすぐに、ジョン・レノンとポール・マッカートニーのダブルボーカルで歌い始めた。
 
「これ、聴いたことある」
「初期の代表曲だよ」
「そうなんだ。ヘルプくらいしか、わからないからなんか、新鮮かも」
「でしょ」
「古臭いけどね。ねえ、どうしてビートルズのことが好きになったの?」
「おじいちゃんレコードコレクターで小さいとき、よく聴かせてくれたんだ。ビートルズもそうだし、ボブ・ディランとか、ドアーズとか、ビーチボーイズとか、レッド・ツェッペリンとか、色々聴いて好きになったんだ」
「そうなんだ。ボブ・ディランしか名前わからない」
「だよね。曲聴けば、聴いたことはあると思うよ。レジェンドばっかりだから」
「へえ。その中でもビートルズなんだ」
「うん。ポール・マッカートニーもいいけど、なぜかわからないけど、ジョン・レノンが手掛けた曲のほうが好きなんだ」
 そのことをおじいちゃんに言ったら、奏哉はジョン派かと言って笑ってくれたのを思い出した。おじいちゃんは自分の部屋に大量のレコードを残したまま4年前に旅立ってしまった。

「へえ。イマジンだっけ。よくものまねされる方だよね? メガネの」
「そうだよ。切なくて変わった曲が多いんだ。この曲もレノンが作ったって言われてる」
「へえ。――悪くないね」
「でしょ」
 僕がそんなことを言っている間に電車は1つ目の駅に到着し、惰性で僕の肩が涼葉の肩に触れた。




 終点に着いたあと、そこからバスに乗った。後ろから2番目の左側の席に横並びで座った。バスも空いていて、車内には僕と涼葉以外に、数人しか乗っていなかった。そして、バスは動きだした。小さなロータリーを出て、右折し、丘の上にある駅から、バスは岬に向かって下っていく。
 下り坂の先には深い青色の海が広がっていて、水平線は白くキラキラしていた。バスの中でもお互いの片耳にAirPodsをつけて、ビートルズを聴き流していた。
 


 30分くらいでバスは岬の前のバス停に着いた。バスはそこで終点みたいで、客は僕と涼葉しか残っていなかった。
 バスを降りると、涼葉はまたいつものように咳き込み始めた。

「大丈夫?」
「病人扱いしないで」
 まだ整わない声で涼葉はそう言ったあと、僕の背中を軽く叩いてきた。
「咳してたら、心配するよ」
「優しいね。ありがとう」
「落ち着いた?」
 そう言って、僕は右手を差し出すと、涼葉は左手を出して、そして僕の手を繋いだ。

「だけどね、優しくしないで。もういろんなところがダメで弱ってるんだから」
「そんなこと言うなよ。――いこうぜ」
 ゆっくりと歩き始めると、涼葉はやる気のないピクミンみたいにゆっくりと歩き始めた。




 岬の展望台に着いた。岬の先端には白くて、古そうな灯台が立っていた。そして、手前の広場には、スチールの棒のハートの形のモニュメントがあった。ハートが浮いていて、ハートの先には白い灯台が見えていた。
 ハートの下の尖っているところは地面に埋まっていて、地面から45度くらいの角度で左右に伸びたスチールはそれぞれ空中で半円を描いている。その半円と半円が繋がり、ハートの頭になっていた。

「こんなのあったんだね」
 そう言って、涼葉は僕の手を離し、僕の数歩先まで出た。そして、左側のスチールに触れた。ハートのモニュメントはお昼の太陽の光を反射して、所々、白く見えた。
 僕は思わず立ち止まり、バッグからiPhoneを取り出し、カメラを起動し、画面越しに涼葉を見た。それに気づいた涼葉は、スチールに左手を置いたまま、右手でピースサインをして微笑んだから、その瞬間をデータ化した。iPhoneの画面越しで見る世界は、空には薄くて白い霞がかかっていて、海が白くキラキラ日差しを反射していた。そして、白い灯台は秋の弱くなった日差しでも存在感を出していた。
  
「青が似合うよ」
「変なこと言わないでよ。しかも、また、夢で見たことあるし」
「なんだよそれ。僕はただ、素直にそう思っただけだよ」
「変なの。奏哉こそ、小説書けそうだよね」
「中二病こじらせてたとき書いてた」
「やっぱりそうだよね。今度、小説書いてよ」
「嫌だよ。自分の文章、下手なの知ってるから」
「いいじゃん。それでも読みたいな」 
 涼葉はそう言いながら、黒のバッグからiPhoneを取り出した。そして、すぐにシャッター音がした。

「どこ撮ってるんだよ」
「いいじゃん。山側の奏哉くん。ビートルズが好きすぎて世間から逆行している奏哉くん」
「そんなことより、ふたりで写真撮ろうぜ」
 僕は涼葉の方へ歩いた。そして、涼葉の隣に着いたから、涼葉の肩に左手を回し、そして、僕の方に抱き寄せた。涼葉の髪からほのかにバニラの香りがした。僕はその匂いを感じながら、iPhoneのカメラ設定をインカメラにして、涼葉と僕のふたりだけしかいない世界を保存した。

「――ねえ」
「なに?」
「もっと近づきたいな」
「――いいよ」
 右手にiPhoneを握ったまま、僕は両腕で涼葉を抱きしめた。弱い風の音と、打ち寄せる波の音が世界の80%の音量を締めているように思えた。左肩が涼葉の首元に当たっていて、微かに涼葉の脈を感じた。

 


「潮風にあたれば元気になるんだって」
「これで元気になれるね」
「奏哉くんもね」
 灯台の横にあるベンチに座り、涼葉と横並びでぼんやりと午後の海を眺めていた。岬の岩肌に時折、強い波が打ち寄せ、灰色の岩が白くなっているのが見える。その先には深い青色が広がっていて、そのさらに先は、キラキラと太陽の光を反射して眩しかった。

「ねえ、奏哉くん」
「なに?」
「私、自分が書いた小説の登場人物みたいに達観できなよ」
「達観?」
 その意外な言葉を聞き、僕は思わずそう聞き返してしまった。涼葉を見ると、涼葉はただ前を向いたまま、海を眺めていた。弱い風で涼葉の前髪が微かに揺れた。

「まだまだ、やりたいこと、いっぱいあるなって――」
「――できるよ」
 そう言ってみたものの、どこか頼りない返しになってしまったような気がする。

「なんで、私、身体弱く生まれてきたんだろう」
「――余命宣告だって打ち破ったじゃん。これから先もきっと大丈夫だよ。奇跡の連続が起きる気がする」
「ふふっ。奇跡ね。やっぱり優しいよね」
「ううん。これは優しさじゃないよ。僕の本心だよ」
 もう一度、弱い風が吹き、涼葉の前髪がまた揺れた。膝に置いたままの涼葉の左手の上に僕の右手を重ねた。涼葉の手は冷たかった。

「あー、なんでだろう」
 その小さな声がなぜか、大きく虚しく辺りに響いたような気がした。泣きたいのかもしれないと思い、涼葉をもう一度、見ると涼葉は前を見たままだった。
 目元は濡れてなかった。
 涼葉はただ、寂しそうな表情をしていた。




 サイゼリヤでディナーを食べ終え、ピザが入っていた大皿を店員が持っていったあと、ほとんどの時間を、こうして手を繋いでいた。話している時は人目なんて気にしないで、ずっとテーブルの上で手を繋いでいた。
 オレンジ色が窓から差し込む電車に乗り、地元に戻ったあと、その足で入った店内は比較的空いていたはずだったのに、いつの間にか、多くの人たちでテーブルが埋まっていた。左側の窓を見ると、世界は闇に包まれていて、駅前通りを走る車がLEDの優しくない白色のベッドライトをつけながら、何台も店の前を通り過ぎていった。
 さっき岬で見た寂しそうな表情なんて何もなかったかのように、いつものくだらないをしていた。

「長い夢の小説のこと、ネタバレしてもいい? 今、思いついた」
「今、思いついたんだ。すごいね」
「すごいでしょ。話していい?」
「いいよ。聞きたい」
 そう返すと、涼葉は口角を弱く上げて、満足そうな表情を見せた。

「書き出しなんだけど――。あ、ちょっとまって。一回、ノート返してもらってもいい?」
「わかった。書いたほうが早いってことか」
「そう。そういうこと」
 僕は涼葉から、手を離し、バッグからノートを取り出して、渡した。涼葉はノートを開いたあと、バッグからペンケースを取り出し、その中から、シャーペンと消しゴムを取り出した。そして、すっと息を吐いたあと、何かを書き始めた。
 どんな書き出しなんだろうと、思いながら、僕はグラスを手に取り、コーラを一口飲んだ。そして、グラスをテーブルに戻した。その間にもノートの一段目は文字で埋まっていった。

「できた」
 涼葉はノートを僕のほうに向けてきたから、僕はノートを手元に寄せて読み始めた。ノートにはこう書かれていた。

〈切なさの音符が旋律上で暴走する。長い夢の中で迷子になった私は君に、また会えるの? と聞き忘れてしまった。起きてその後悔が強くて、私は自分自身の人生が思うように上手くいかないなって、ため息を吐いた。
 また会える日を楽しみにしてるよ。どんなことがあってもまた一緒になりたい。
 私の寂しさは胸で青色に溶けて、そして切なさは胸の中で生き続けていた。〉

「雰囲気ある」
「でしょ。それでね、夢で会った男の子と白い灯台のある岬で、運命の再会をするんだ」
「今日行った、岬の灯台?」
「そう。そういうところ。それで、夢の中でまた会えるのって聞き忘れてしまったって、急に男の子に話しかけられて、そこから一気に恋が実っていくの」
 僕は開いたままのノートを涼葉のほうに戻した。すると、涼葉はノートを受け取り、手元に寄せた。

「それで、そのさきは?」
「焦らないでよ。それで、色々あって上手くいくんだけど、男の子には、重大な秘密があるの」
「なんだよ。もったいぶって」
「なんだと思う?」
 そう聞かれて、少しだけ考えてみたけど、その男の子の秘密なんて思いつかなかった。

「わからないや」
「その男の子は死神なの」
「え、じゃあ、死神に口説かれてる話ってこと?」
「そう。それで、その死神は元々、死神じゃなくて、普通の男の子だったんだけど、ある日、行方不明になって、死神に任命されちゃったんだ。だけど、男の子は死神として、誰のことも今まで殺めたことはなかったの」
「そしてどうなるの?」
「男の子は偉い死神から、女の子を殺めるように言われるけど、それが出来ないでいるの。だから、夢の中で女の子を口説いた。だけど、それが奇跡の出会いだった。実は女の子は自分でも自覚していないだけで、巫女の才能があって、神社で死神から殺める力を失わさせる効力を持っていて、男の子から無事、その死神の能力を失わさせて、よかったねっていうハッピーエンドな話」
 そう一気に言い終わったあと、涼葉はカップを手に取り、ジャスミンティーを一口飲んだ。そして、テーブルにカップを置いた涼葉はものすごく満足そうな表情をしていた。
 さっき、言ったことだけで、小説を書き切ったみたいな、そんな雰囲気に見えた。

「思ったより壮大」
「でしょ。大作になる予感しかしないでしょ。あ、これ画像にしなきゃ」
 涼葉はバッグからiPhoneを取り出し、それをノートに向けた。そして、シャッター音がしたあと、iPhoneをバッグのなかに戻した。

「やっぱり、ノート持って返ったほうがいいんじゃない?」
「違うの。奏哉くんの暇を埋めてあげるの。私の小説で」
「やっぱり、暇人扱いじゃん」
「ううん。奏哉くんの時間を少しでも私で埋めたい独占欲だよ」
 そんな、間接的な告白で僕は少しだけ恥ずかしくなった。そんな僕のことなんて構う様子なんてなさそうに、涼葉はノートを閉じ、そしてノートをまた差し出してきた。だから、僕はノートを受け取り、自分のバッグにいれた。

「あーあ、いつまでもこんな時間が続けばいいのに」
 ポツリとそう言ったことが、すべての本音だと僕は思い、ただ、胸が締め付けられるように苦しくなった。