「誰が付けたんだろうね。私が噂を聴いた時には、もう付けられてたから。うちらで改名する?」
「しませんよ。面倒くさい」
「アハハッ、辛辣~」
「……それ、クラスメートにも言われました」
「え、何が?」
「辛辣だって、言われました。当番のときに、その女子から」

 瑞來くんは、解せないと言いたげに目を眇め、掌に舞い降りた花びらへ視線を落とす。

「花びらが欲しい、とか。コレに願って告白すれば好きな人が振り向いてくれるかも、とか。俺にはそういう相手はいないのか、とか……色々話されて——」

 言ったかもしれない。いや、言った気がする。
 三月といえばもう後期委員の終わりがけで、たぶん私は焦っていた。瑞來との接点をなくしてしまう前に、少しでも彼との距離を詰めたかった。
 おかげで、彼が放った以外にも余計なことを話した気がする。西山綺佐という人間を印象付けたくて「実家はケーキ屋をやっている」とか、「私も将来は継ぎたいと思ってるんだぁ」とか……そんなありふれた夢の話をするくらい、私は必死だった。
 だって、もうこの頃の瑞來は引く手あまたで。当時の地味で冴えない、たまたま委員が同じになった同級生のことなど、すぐに忘れてしまうと思ったから。

「それで、冷たい態度をとっちゃったとか?」

 焦燥感を抱えて一方的に話し散らかした私に、彼は煙たそうに顔を歪めてたっけ。

 —— “西山さんには関係ない”
 —— “それと、俺はそんなジンクス信じないから”

「だって……こっちの気も知らないで、訊いてくるから」
「こっちの気?」

 復唱すると、瑞來くんは襟に埋まった首を押さえて、頬を赤く染める。なんでもないです、とすぐに背けられてしまったけれど、あれは照れているのだろうか。確かに、年頃の異性にストレートに聞く内容ではなかった。
 過去の粗相にこちらまで顔が熱くなる。なんとなくばつが悪くて、私は苦笑を滲ませる。
 しかし記憶が確かであれば、彼は次の委員会のときに謝ってくれて、私も深く頭を垂れた。

 —— “花びら、欲しかったんだろ”

 お詫びの印だったのか。その後、差し出された掌の上には、外れ桜の花びらが乗せられていた。控えめに開かれた掌に触れると瑞來の肩はピクリと弾かれて、もっと好きになってしまった。

 —— “嬉しい。ありがとう!”

 素直にそう言えた。夏期講習のときに言えなかったお礼も、勝手に籠っていたはずだ。

「そういう風に言われたら、怒りますか」
「そういう風?」

 花びらをポケットに入れて、瑞來くんは体ごとこちらを向く。

「その……関係ないとか言われたら」

 しかし視線は斜め下に逸れたまま。少し尖った唇は、今の瑞來にはないあどけなさを感じさせた。

「うん。怒るね。私なら怒るわ」
「ですよね」
「でも、瑞來くんが嫌な思いをしたことだって、同じように伝わってる」
「そう……ですかね」
「瑞來くんの表情って、結構分かりやすいから」

 ふっ、と息を漏らせば、彼は不本意そうに眉を顰める。
 そうだよ。瑞來は思っている以上に分かりやすくて、それを読むのが好きだった。——私のことはもう好きじゃないのかも、と読むまでは、本当に結構好きだったんだから。



 高校一年の頃は同じクラスだった私たちも、二年にはクラスが分かれて、校内で瑞來と話す頻度は減っていった。それでも、お互いの朝練が無い日は一緒に登校したし、部活のない放課後はコンビニに寄り道をしてパピコを割った。
 その頃には付き合って一年と半年は経っていたけれど、大きなケンカは無かった。瑞來がたまに私のSNSを見て、

「また載せんの?」

 と眉を寄せるくらいで、いいじゃん!これが流行りなの!と反論はしたけれど、衝突と言うほどではなかった気がする。
 夏休みには、一年前の雪辱を果たして快晴の海を堪能したし、瑞來が百メートル走で出場する県選抜の応援にも行った。クラスが離れても、私たちの間に大きな障壁は無かったように思う。

 夏が過ぎて、空が遠くなっていく秋。
 前期に何の委員にも入ってなかった私は、後期には何かしら入りなさいと先生に背中を叩かれ、一番楽そうな図書委員に入った。
 そういえば、中学のときにもやったなぁ、なんて考えながら最初の委員会に顔を出すと、瑞來の姿があった。

「すごい偶然じゃない? 何これ笑える」
「まあ、こういうこともあるだろ」

 何の因果か、中学のときと同じように瑞來と図書委員をやることになった。
 正直、私の脳内は運命じゃない?!と昂っていたんだけど、そんなことを滑らせて、瑞來に重いと思われてしまったらかなりマズイ。だから、冷静な瑞來に温度を合わせた。私だけが「嬉しい!」とはしゃいで、シーソーがこちらにばかり傾いてしまうのが嫌だったのかもしれない。