—— “他に好きな人ができた”
実際の声色から抑揚を吸いとったその音声は、スクロールする私の指をピタリと止めた。
「え?」
フォローしたことすら忘れていた芸能人の、日常スナップから目線を上げる。そうして交わった瞳は、反応が遅いとでも言いたげな色を滲ませていた。
瑞來の出だしは唐突だから、私は脳内でそれを処理するのに時間がかかる。今回も脳内に記憶された瑞來の声で二回目を再生して、ようやく理解した。
唐突に稲妻を落とした瑞來が悪いのに、ベッドに腰を沈めたままの彼は、ラグに胡座をかいて座る私を冷めた瞳で見下ろした。
「好きな人がいるって言った」
「うん、そう聴こえた」
「そっか」
「うん」
「ごめん」
「なにが?」
男のごめんに対する女の何が?は本当にハテナを散らしているわけではなくて、収まりの効かない怒りで跳ね返しているだけなのだ。と前に誰かがSNSで呟いてバズっていた。
私はこんな面倒な大人にはならないよ。言いながら、得意気に瑞來の瞳に画面を映し出したことは、まだ記憶に新しい。
「綺佐とは別れたい。だから、ごめん」
明確な回答を得た女性は、その後なんて言うんだろう。たった百文字弱で綴られた呟きには、切り取られた先の未来も、これまでの経緯も書かれていなかった。
たとえば、三年間付き合った彼氏に別れたいと告げられる、とか。明日はきっと目が腫れちゃうからと、二時間前に顔を寄せ合って写真を撮ったこととか——切り取られた場面は大衆に塗れていても、きっと私が一番不幸だと思う。
シャボン玉が爆ぜるように、告げられる前の時間が一瞬で消え失せていくようだった。
「綺佐。ハヤシライス、食ってく?って」
同級生のなかでも一際目立つ顔立ちが、扉付近まで足を伸ばして振り返る。どうやら、彼の母親が最後の晩餐を振る舞ってくれるようだった。
「うん……じゃあ、いただきます」
「分かった。先に下行ってる」
「うん」
トン、トン、トン。
一定のリズムで刻まれる瑞來の足音。一階のリビングへ向かうこの音を聴くのは何回目だろう。たぶん、八回目くらいまでは数えていた。
あ、いまお母さんに呼ばれて止まったな、とか。いつもよりゆっくりだから、飲み物持ってきてくれてるのかな、とか。彼の部屋で待たせてくれるこの時間が、私は割りと好きだった。
「あっけないなぁ」
スクリーンアウトしたスマホと同じように、グレーのラグに体を放る。昼白色の照明がチカチカと乾いた瞳を攻撃してきて、なんだか、不幸なら泣くべきじゃないか、と訴えられているようだった。
実際の声色から抑揚を吸いとったその音声は、スクロールする私の指をピタリと止めた。
「え?」
フォローしたことすら忘れていた芸能人の、日常スナップから目線を上げる。そうして交わった瞳は、反応が遅いとでも言いたげな色を滲ませていた。
瑞來の出だしは唐突だから、私は脳内でそれを処理するのに時間がかかる。今回も脳内に記憶された瑞來の声で二回目を再生して、ようやく理解した。
唐突に稲妻を落とした瑞來が悪いのに、ベッドに腰を沈めたままの彼は、ラグに胡座をかいて座る私を冷めた瞳で見下ろした。
「好きな人がいるって言った」
「うん、そう聴こえた」
「そっか」
「うん」
「ごめん」
「なにが?」
男のごめんに対する女の何が?は本当にハテナを散らしているわけではなくて、収まりの効かない怒りで跳ね返しているだけなのだ。と前に誰かがSNSで呟いてバズっていた。
私はこんな面倒な大人にはならないよ。言いながら、得意気に瑞來の瞳に画面を映し出したことは、まだ記憶に新しい。
「綺佐とは別れたい。だから、ごめん」
明確な回答を得た女性は、その後なんて言うんだろう。たった百文字弱で綴られた呟きには、切り取られた先の未来も、これまでの経緯も書かれていなかった。
たとえば、三年間付き合った彼氏に別れたいと告げられる、とか。明日はきっと目が腫れちゃうからと、二時間前に顔を寄せ合って写真を撮ったこととか——切り取られた場面は大衆に塗れていても、きっと私が一番不幸だと思う。
シャボン玉が爆ぜるように、告げられる前の時間が一瞬で消え失せていくようだった。
「綺佐。ハヤシライス、食ってく?って」
同級生のなかでも一際目立つ顔立ちが、扉付近まで足を伸ばして振り返る。どうやら、彼の母親が最後の晩餐を振る舞ってくれるようだった。
「うん……じゃあ、いただきます」
「分かった。先に下行ってる」
「うん」
トン、トン、トン。
一定のリズムで刻まれる瑞來の足音。一階のリビングへ向かうこの音を聴くのは何回目だろう。たぶん、八回目くらいまでは数えていた。
あ、いまお母さんに呼ばれて止まったな、とか。いつもよりゆっくりだから、飲み物持ってきてくれてるのかな、とか。彼の部屋で待たせてくれるこの時間が、私は割りと好きだった。
「あっけないなぁ」
スクリーンアウトしたスマホと同じように、グレーのラグに体を放る。昼白色の照明がチカチカと乾いた瞳を攻撃してきて、なんだか、不幸なら泣くべきじゃないか、と訴えられているようだった。