「卒業日カレンダーって知ってる?」
休み時間。ポテトチップスを食べながら美月は言った。ちょうど教科書を借りに来ていた幼馴染の爽汰と私は首を振る。
「やっぱりね、さくらはあんまりPikPok見ないから。ほら、これ」
そう言って美月はスマホを取り出して、ショートムービーを投稿する人気SNSを開き、私たちに見せた。
『#卒業日カレンダー』というハッシュタグをタップすると、そこには色とりどりのカレンダーが並んでいる。壁掛けカレンダーもあるし卓上カレンダーもあるし手帳もある。
投稿をひとつ選んでショートムービーを再生すると、聞いたことがある曲が流れる。カレンダー全体を映したカメラは日付欄にズームしていき『1月25日』の欄をうつす。そこには『ねぼすけ卒業!』と女の子の手書き文字が書かれている。
自身でカレンダーに書き込んで、それを撮影しているみたいだ。
いくつかのムービーを美月は再生したけど、どれも同じようなものだった。撮影の方法は様々だが、日付欄に手書きの〇〇卒業!』が動画として並んでいる。
「これが『卒業日カレンダー?』」
「そう!卒業したい自分と卒業する日にちを書いておくと叶うの」
「おまじないってこと?」
「そうでもあるし、目標の日にちが定まっているからそれを目標に頑張れるでしょ」
なるほど。魔法の力を信じているわけではなく、ようは目標シートみたいなものだ。
日にち設定をして「こんな自分を卒業する」という気持ちを、視覚化することで自然と行動できるようになる。自己啓発のようなものみたい。
「さくらは『お菓子卒業!』にしたら?」
話を聞いていた爽汰がからかう。確かに最近お菓子の食べ過ぎで少し太ったけど……!
「私も始めたんだよねー」
美月はカバンから手帳を取り出す。美月の好きなネコエモンが大きくプリントされたポップな色合いの手帳だ。
1月のページを開くと、20日に『バイトから卒業!』31日に『三日坊主から卒業!』と書いてある。
そしてスマホに目を戻すと、美月のアカウントには『#卒業日カレンダー』の投稿が2つあり、目の前に開かれている手帳をうつしたムービーが投稿されていた。
「まずね、バイトやめたいの。店長が怖くて言いづらかったけど、勇気を出す!20日はシフトの提出日だからこの日までに言うの」
「あー、あのモラハラ店長か」
爽汰が思い出したように言った。
美月の店長は男性アルバイトに高圧的で、厨房ではいつも怒鳴り声が響いていると愚痴をこぼしていた。美月をはじめ高校生女子にはやたら優しいけれど、辞めると切り出せば自分も同じように怒られるんじゃないかと怖くて言い出せないと言っていた。
「それでね、これ見て」
美月はもう一度スマホを操作し、自分の投稿のコメント欄を見せた。
『私もバイトやめたくて悩んでます』『モラハラ店長うちもいます』『よし私も「バイトから卒業!」する!』『私もこないだ言ったよ!』『そんな場所からは逃げよう』
そこには美月に共感するコメントがたくさん並んでいた。
「私の投稿見て『バイト卒業!』を設定して、実際に言えた人もいるんだって。だから私も頑張ってみよって」
「ふうん、そういう使い方するわけか」
爽汰も自分のスマホを取り出してハッシュタグを検索しているようだ。
「爽汰もやる?」
「カレンダーも手帳も持ってないわ」
「家にあるでしょ」
「家のカレンダーなんかに書けるか」
「100均でも売ってるよ、カレンダーなんて」
「結構男の子もやってるよ」
美月の言葉に、私もアプリを開いてハッシュタグを探してみるといろんな人がいるようだ。卒業シーズンが近づいてきてどこかの高校3年生から広まったものではあるけど、中学生や大学生でもやっている人はいるらしい。
「さくらもやるでしょ」
「うーん……私こういうのうまく編集とかできないからなあ」
あまり乗り気にはなれず、投稿を眺めながら曖昧に返事をする。
「やり方教えてあげるよ」
「美月のこの『三日坊主卒業』って何?」
美月が私のスマホを覗き込んだところで、爽汰が質問した。
「ああそれね。今私ランニングしてるの朝」
「へえ」
「でもいっつも三日坊主だからさ。今16日でしょ?とりあえず今月いっぱい頑張れば三日坊主は卒業できたかなって」
「そういうことね」
「この『三日坊主卒業』は目標にしてる人結構いるんだよ」
美月が自分のスマホを開いてまたコメント欄を見せてくれる。私から関心がそれて少しだけほっとする。