友恵とたっぷりしゃべって、夏美さんや楓子ちゃんとも話をした。そのおかげで、先週のことも、わたしの中のわだかまりがなくなった。詩乃ちゃんはあれっきりキッチンから出てこなかったけれど。

「じゃ、そよちゃん。また後で連絡するね」
「うん。それじゃあ」

 古武術の稽古に向かう友恵と、お店の前で別れた。
 バス停に向かって、わたしは一人で歩きだす。

 ずっと笑っていられた頬から、すっと表情が抜け落ちるのがわかった。楽しいおしゃべりの時間には忘れていられた悪夢の情景が、また、頭の中によみがえってきたんだ。

 ガラス細工のように、バラバラに割れて壊れてしまう瑞己くんの姿。
 あの夢に見たことは、本当に起こってしまうの?
 でも、人の体があんな壊れ方をするなんて、ありえない。瑞己くんの姿が壊れていくあの夢は、何かのたとえかもしれない。
 じゃあ、何を表すたとえなんだろう?

「だけど、悪いことが起こる予兆なのは、きっと間違いない」

 壊れる場面のすぐ後に見えた情景でも、瑞己くんはぐったりと倒れていた。登志也くんと真次郎くんの表情は切羽詰まっていた。ただごとではないように思えた。
 どうしよう? 本当に、どうすればいいんだろう?

 さっき詩乃ちゃんにぶつけられてしまった言葉を思い出す。
 詩乃ちゃんは迷いのない目をして「瑞己兄ちゃんのことはあたしが守る」と言い切った。

「強いなぁ、詩乃ちゃん……わたしもそう言えたらいいのに」

 予知夢を見てしまうのなら、ついでに、それを回避することもできればいいのに。
 ……回避する?

「あ。もしかしたら」

 回避できるかもしれない。試したことはないけれど。
 でも、うまくいけば、瑞己くんのことを守れるかもしれない。悪い出来事が瑞己くんに降りかからないようにできるかも。
 と、わたしが考えた、まさにそのときだった。

「そよ先輩?」

 いつでも聞きたいと望んでしまう声が、耳に飛び込んできた。
 わたしは顔を上げる。

「瑞己くん……」

 頬が緩みそうになった。いや、強張りそうになった?
 わたしは今、どんな顔をして瑞己くんと向かい合っているんだろう?

「そよ先輩、図書館に行ってたんですか?」

 無邪気に微笑む瑞己くんに、つい目を奪われてしまう。
 ダメだ。
 だって、わたしが見る壊れものの予知夢は、わたしのものだ。わたしが自分で何とかすべきなんだ。わたしに関わらなければ、瑞己くんはきっと、あんな予知夢の情景に巻き込まれなくてすむはず。
 なのに、わたしはつい、瑞己くんの言葉に答えてしまう。

「カフェひよりに行ってたの。友恵と一緒に、長らくお邪魔しちゃった」
「あ、そうだったんですか。今日の昼は混んでたでしょう?」
「そうみたいだね。わたしたちはランチタイムより少し遅めに行ったからよかったけど、楓子ちゃんが、ちょうど十二時頃はすごかったって言ってた」

 わたしのバカ。楽しくおしゃべりなんかしてちゃダメ。
 ダメなんだ。
 わたしは、自分の太ももをギュッとつまんだ。痛い。その痛みは自分への罰だ。浮かれかけていた心をつかまえて、地面に引きずり下ろす。
 急に黙ったわたしの顔を、瑞己くんは小首をかしげるようにしてのぞき込んでくる。

「そよ先輩、どうかしましたか? ひょっとして、また悪い夢でも見ました?」

 わたしは瑞己くんから顔を背けながら、半歩、後ずさりした。
「ごめん。何でもないの」
「え? でも……」
「わたし、帰るね」
 早口で言ってうつむいて、わたしはサッと歩きだした。

「そ、そよ先輩?」

 戸惑い交じりの瑞己くんの呼びかけにも応じないまま、足を早める。しまいには走りだす。
 きっと、これでいいんだ。

 わたしが瑞己くんと関わらなければ、壊れものの予知夢に巻き込まなくてすむかもしれない。
 可能性でしかない。だけど、「かもしれない」という程度の確率だとしても、わたしは、その可能性にすがりたい。
 瑞己くんが不幸な目にあうかもしれないのをわかっていながら、知らんぷりで瑞己くんと一緒にいることなんてできないから。

「バイバイ」

 もう会わないって決めた。
 涙があふれそうになるのを、懸命にこらえながら走った。

***