土曜日の朝。
悪夢の残像を一人で抱えているのが苦しくなったわたしは、友恵に連絡を入れた。
〈今日、ちょっと会えない?〉
全部を打ち明けるつもりはない。ただ、一緒にいてしゃべって、気をまぎらわせてしまいたかった。
友恵はすぐにメッセージを返してくれた。
〈夕方は古武術の稽古だけど、それまでだったら時間あるよ〉
どこかに出かけようという話になって、友恵のリクエストでカフェひよりに行くことになった。わたしも先週のことをおわびしたかったし、ちょうどいい。
でも、瑞己くんに会っちゃったらどうしよう? いや、会ったほうがいいんだっけ? 会ったら、何て言えばいい?
あんな悪夢のせいで頭が混乱したまま、わたしは友恵との待ち合わせのバス停へ向かった。
案の定、友恵はわたしの顔を見るなり訊いてきた。
「そよちゃん、どしたの? すっごく暗い顔してるけど」
「ちょっとね。夢見が悪くて」
「変な夢を見たってこと? 運命の恋人たちの夢とは別の夢?」
「うん、別の夢」
「難儀だね。夢見が悪いとか寝覚めが悪いとかだと、起きて動いててもすっきりしないよねー」
友恵はわたしの様子を気にしながらも、ずかずか踏み込んではこない。バスの中で交わしたのは適当な雑談で、わたしはやっぱり本題を切り出せずにいた。
*
カフェひよりに着いたのは午後一時過ぎ。幸いなことに、ランチタイムの混雑がちょうど引いていく頃合いだった。
カウンターの中の夏美さんは、すぐにわたしに気づいて、にっこりと微笑んだ。わたしは頭を下げて会釈してから、メニューに視線を落とす。
「ランチセットはサラダとドリンクがついてるんだ」
「前来たときは何にしたの?」
「お昼を食べた後だったから、わたしはジェラート。瑞己くんはホットのカフェオレだった」
「ふうん。あっ、ミックスジュースもスムージーもおいしそうだなー」
「ランチセットにするかケーキセットにするか迷う」
「確かに」
悩んだ結果、ランチセットを頼むことにした。わたしは卵とチーズのホットサンド、友恵はオムハヤシ。ドリンクは、わたしがベリーティー、友恵がミックスジュース。デザートには季節のフルーツのタルトを一つ頼んで、二人で分ける。
注文を聞きに来たのは、先週もシフトに入っていた大学生の初奈さんだ。わたしのこともしっかり覚えてくれていたので、わたしは「先日はお騒がせしました」と頭を下げた。
初奈さんは、きれいな顔をクールに微笑ませた。
「あのくらい、騒ぎのうちに入りませんよ。今日はゆっくりしていってくださいね。夏美さんも、そうしてほしいと言っています」
きびきびと働く姿は素敵だ。大学生になったら、わたしもあんなふうにバイトで活躍できるのかな。
わたしひとりだったら、先週のことを思い返しては気が重くなってしまって、ゆっくりなんてできなかっただろう。
友恵はそのあたりをちゃんとわかってくれているみたい。パパッと食べてしまうこともできるはずなのに、わたしよりも遅いくらいのペースで、のんびりしゃべりながら、オムハヤシを口に運んだ。
話題の中心は、恋のこと。去年の夏、オープンキャンパスで小梅ヶ原高校を訪れて以来、友恵は国語の桜井先生に熱を上げている。
「あんなにきれいな顔した男の人、初めて見たし! あのときは、助けてほしいタイミングで助けてもらえたから、キラキラのフィルターがかかって見えてるのかとも思ってた。でもやっぱり、いつ見ても、桜井先生ってば美しいんだよね!」
オープンキャンパスの日、友恵は当時付き合ってた彼氏とトラブルになったんだ。彼が人前で転んじゃって、友恵が甲斐甲斐しく手当てしたら「子供扱いするな!」と逆ギレされたという、全面的に彼が悪い話なんだけど。
友恵は美人でスポーツ万能だ。たぶん彼より力が強くて足も速かったんじゃないかな。だから、自分よりカッコいい友恵のことを、彼はひがんでいたんだと思う。そしてついに、オープンキャンパスの日に彼の不満が爆発した。
わたしは直接見ていないんだけど、そのときの逆ギレっぷりはかなりひどくて、あることないことまくし立てられて、友恵は呆然としてしまったらしい。
そこに現れたのが桜井先生だった。とんでもないほど美形の桜井先生に冷たくにらまれた彼は、「聞くに耐えませんね」の一言で退散したらしい。電話でもメッセージアプリでも速攻で友恵を拒否して、それっきり。
でも、友恵も不毛な相手と付き合い続けるより、あっさり縁が切れて、むしろよかったんじゃないかな。
しっかり者の友恵は、小学生の頃から、ダメな男の子に引っかかりがちだった。「あたしが何とかしてあげなきゃ」と思ってしまうらしい。オープンキャンパスの彼のことは、わたしも何度も「やめときなよ」って言った。なのに友恵は彼を見放せずにいたんだ。
桜井先生に憧れを抱くようになってから、友恵は変わった。ダメ男に目や手をかけなくなってくれたから、わたしは心底ほっとしている。
友恵は桜井先生のことが大好きだ。とはいっても、恋ではないから告白するつもりもないらしい。
「あたしにとって桜井先生は尊すぎて、恋とか憧れとかいう生身の感覚じゃ説明できない。推しを超えて、もはや神なの! わかる?」
ごめん、ちょっとよくわからない。
でも、学校にたくさんいる桜井先生ファンの一員として、拝んだり崇めたり「尊い!」と騒いだりする友恵は楽しそうで、うらやましいくらいだ。
恋ではないから、か。
それじゃあ、恋って、やっぱり楽しいものではないんだ。
わたしが何となくため息をついたとき、デザートのタルトが運ばれてきた。二人でシェアするという話をしておいたから、ちゃんと二つにカットしてある。
季節のフルーツは、すももとざくろだ。クリームは豆乳仕立て。口に含んでみれば、優しい味わいにまとまっていた。
「おいしい」
わたしが思わずうっとりしていたら、いきなり友恵がスマホのカメラのシャッターを切った。
「激写しちゃった。すごくいい顔してたよ、そよちゃん。送ってあげるね。相馬に見せてやりなよ」
「へっ?」
「あたしは相馬の連絡先なんて知らないし。でもほら、そよちゃんの幸せそうな顔は、相馬も見たいだろうからさ」
友恵はスマホにわたしの写真を表示させた。とろけたような表情の自分に、わたしは恥ずかしくなって顔を覆う。
「やめてよ、もう~! そんな写真、消して!」
「絶対消さない。あたしが思うに、そよちゃんはおいしいもの食べてるときの顔がいちばんかわいいんだよ。で、舞台に関わってるときの顔がいちばんカッコよくて、悩んでるときの顔がいちばん美人」
「悩んでるときの顔?」
「そう。だから、今日のそよちゃんは全体的に美人モードだね。台本か小説のことで悩んでるの? それとも、相馬のこと? 夢見が悪かったんだっけ?」
お見通しなんだな、と思った。わたしがカフェに呼び出した理由、話を聞いてほしいからだって、友恵には伝わっているんだ。
「わたし、瑞己くんに迷惑をかけてばっかりなんだ。今までは、たまたま間の悪いところに居合わせる感じで、わたしのフォローをさせちゃってるんだと思ってた。でも、違うのかもしれなくて」
「どういうこと?」
「たまたまじゃないのかもしれない。わたしと関わったら必ず瑞己くんに不運が降りかかってしまう気がして……」
「何それ? 証拠でもあるの?」
「証拠っていうか、予感なんだけど……友恵、変な話になるけど、聞いてくれる?」
うなずいた友恵に、わたしは、壊れものの予知夢のことを打ち明けた。
ものを落としたり壊したりする予知夢。それがだんだんハッキリしてきたこと。すべての予知夢に瑞己くんが関わっていること。そして、昨日の夜に見た夢では、瑞己くん自身がガラス細工か陶器の人形みたいに壊れてしまったこと。
話しながら、わたしは震えていた。
「何の根拠もないんだけど、あの夢はきっと予知夢だ、本当にこれから起こることだって、なぜだかわかるんだ。友恵、どうしよう? 瑞己くん、どうなっちゃうんだろう?」
友恵は冷静な表情で聞いていた。
「なるほどね。だから、そよちゃん、今日はそんなに心配そうな顔してたんだ。確かに、今までの予知夢とは毛色が違うよね」
「信じてくれるの?」
「そよちゃんが本気で悩んでるんだから、ほっとけないよ。そよちゃんはもともと、運命の恋人たちの夢をずっと見てきたわけでしょ。だからさ、やっぱり今回の予知夢も、偶然が重なっただけとは思いにくいよね」
「こんな非科学的な話、予知夢だなんて、全部わたしの妄想だったらいいのに」
「そうだね。でも、妄想だとは思えなくて、気に病んじゃってるんでしょ?」
友恵は腕組みをして、難しそうにうなった。子供の頃から空想や物語が好きだったわたしのことを、すぐそばで見ていてくれた幼馴染みだ。問答無用で信じて、一緒に悩んでくれる。
心強い。
友恵がいてくれるだけで、少しほっとする。
カラン、とドアベルが鳴った。何気なくそちらを見ると、入ってきた子とバッチリ目が合った。
詩乃ちゃんだ。
瑞己くんのことが大好きな小学二年生。この間、わたしのお節介のせいで泣かせてしまった相手。
詩乃ちゃんは「あーっ!」と言って、ずんずんとわたしのほうへ歩いてきた。怒った顔をしている。カウンターから夏美さんが「こら」とたしなめても、詩乃ちゃんはおかまいなしだ。
わたしは頬が引きつるのを感じながら、どうにか笑顔をつくってみせた。
「えっと、詩乃ちゃん? この間はごめんね。あの……」
「謝るのは十分聞いたから、もういいの!」
わたしの言葉をさえぎって、詩乃ちゃんは声を上げた。わたしは思わず「はい」と言って口をつぐむ。
詩乃ちゃんは腰に手を当ててふんぞり返ると、わたしに宣言した。
「瑞己兄ちゃんのことがいちばん好きなのは、あたしだもん! ぜっっったいに負けないんだから!」
「えっ?」
「あたしが瑞己兄ちゃんを幸せにしてあげるんだもん! 瑞己兄ちゃんはお人好しで優しすぎて、一人でたくさん抱えちゃって、大変なんだよ。だから、瑞己兄ちゃんのことはあたしが守るの!」
わたしがポカンとしているうちに、どこからともなく楓子ちゃんが飛んできて、詩乃ちゃんを羽交い締めにした。
「ちょっと、詩乃! お店で騒がないの! ああもう、そよ香さん、妹がごめんなさい!」
詩乃ちゃんはふくれっつらになって、じとっとした目でわたしを見つめている。でも楓子ちゃんに抵抗することなく、キッチンのほうへ引っ張られていった。
わたしはどうしていいかわからなくて、そこで固まってしまったんだけれど。
友恵がプッと噴き出した。
「すごいね。ライバル宣言なんてさ。今の子が、カップを落としたときの子なんだね?」
「う、うん」
夏美さんがカウンターから出てきた。困り果てて笑うしかなくなって、笑っている。そんな顔をしている。
「そよ香さん、本当にごめんなさいね。これ、お騒がせしたおわび」
テーブルに置いてくれたのは、手作りとおぼしきビスコッティだ。
「えっ、そんな……」
いいのに、と言おうとしたわたしにウインクをして、夏美さんはほかのテーブルのお客さんにもビスコッティを配っていく。いつの間にかランチタイムの大にぎわいは落ち着いて、今は顔見知りのお客さんばっかりになっていたみたい。
友恵がビスコッティをポリポリかじりながら、「おいしい」と顔をほころばせた。美人なんだけど、無邪気にお菓子を喜んでいる顔はちょっと子供っぽい。友恵はそういうところがかわいいんだ。
***
悪夢の残像を一人で抱えているのが苦しくなったわたしは、友恵に連絡を入れた。
〈今日、ちょっと会えない?〉
全部を打ち明けるつもりはない。ただ、一緒にいてしゃべって、気をまぎらわせてしまいたかった。
友恵はすぐにメッセージを返してくれた。
〈夕方は古武術の稽古だけど、それまでだったら時間あるよ〉
どこかに出かけようという話になって、友恵のリクエストでカフェひよりに行くことになった。わたしも先週のことをおわびしたかったし、ちょうどいい。
でも、瑞己くんに会っちゃったらどうしよう? いや、会ったほうがいいんだっけ? 会ったら、何て言えばいい?
あんな悪夢のせいで頭が混乱したまま、わたしは友恵との待ち合わせのバス停へ向かった。
案の定、友恵はわたしの顔を見るなり訊いてきた。
「そよちゃん、どしたの? すっごく暗い顔してるけど」
「ちょっとね。夢見が悪くて」
「変な夢を見たってこと? 運命の恋人たちの夢とは別の夢?」
「うん、別の夢」
「難儀だね。夢見が悪いとか寝覚めが悪いとかだと、起きて動いててもすっきりしないよねー」
友恵はわたしの様子を気にしながらも、ずかずか踏み込んではこない。バスの中で交わしたのは適当な雑談で、わたしはやっぱり本題を切り出せずにいた。
*
カフェひよりに着いたのは午後一時過ぎ。幸いなことに、ランチタイムの混雑がちょうど引いていく頃合いだった。
カウンターの中の夏美さんは、すぐにわたしに気づいて、にっこりと微笑んだ。わたしは頭を下げて会釈してから、メニューに視線を落とす。
「ランチセットはサラダとドリンクがついてるんだ」
「前来たときは何にしたの?」
「お昼を食べた後だったから、わたしはジェラート。瑞己くんはホットのカフェオレだった」
「ふうん。あっ、ミックスジュースもスムージーもおいしそうだなー」
「ランチセットにするかケーキセットにするか迷う」
「確かに」
悩んだ結果、ランチセットを頼むことにした。わたしは卵とチーズのホットサンド、友恵はオムハヤシ。ドリンクは、わたしがベリーティー、友恵がミックスジュース。デザートには季節のフルーツのタルトを一つ頼んで、二人で分ける。
注文を聞きに来たのは、先週もシフトに入っていた大学生の初奈さんだ。わたしのこともしっかり覚えてくれていたので、わたしは「先日はお騒がせしました」と頭を下げた。
初奈さんは、きれいな顔をクールに微笑ませた。
「あのくらい、騒ぎのうちに入りませんよ。今日はゆっくりしていってくださいね。夏美さんも、そうしてほしいと言っています」
きびきびと働く姿は素敵だ。大学生になったら、わたしもあんなふうにバイトで活躍できるのかな。
わたしひとりだったら、先週のことを思い返しては気が重くなってしまって、ゆっくりなんてできなかっただろう。
友恵はそのあたりをちゃんとわかってくれているみたい。パパッと食べてしまうこともできるはずなのに、わたしよりも遅いくらいのペースで、のんびりしゃべりながら、オムハヤシを口に運んだ。
話題の中心は、恋のこと。去年の夏、オープンキャンパスで小梅ヶ原高校を訪れて以来、友恵は国語の桜井先生に熱を上げている。
「あんなにきれいな顔した男の人、初めて見たし! あのときは、助けてほしいタイミングで助けてもらえたから、キラキラのフィルターがかかって見えてるのかとも思ってた。でもやっぱり、いつ見ても、桜井先生ってば美しいんだよね!」
オープンキャンパスの日、友恵は当時付き合ってた彼氏とトラブルになったんだ。彼が人前で転んじゃって、友恵が甲斐甲斐しく手当てしたら「子供扱いするな!」と逆ギレされたという、全面的に彼が悪い話なんだけど。
友恵は美人でスポーツ万能だ。たぶん彼より力が強くて足も速かったんじゃないかな。だから、自分よりカッコいい友恵のことを、彼はひがんでいたんだと思う。そしてついに、オープンキャンパスの日に彼の不満が爆発した。
わたしは直接見ていないんだけど、そのときの逆ギレっぷりはかなりひどくて、あることないことまくし立てられて、友恵は呆然としてしまったらしい。
そこに現れたのが桜井先生だった。とんでもないほど美形の桜井先生に冷たくにらまれた彼は、「聞くに耐えませんね」の一言で退散したらしい。電話でもメッセージアプリでも速攻で友恵を拒否して、それっきり。
でも、友恵も不毛な相手と付き合い続けるより、あっさり縁が切れて、むしろよかったんじゃないかな。
しっかり者の友恵は、小学生の頃から、ダメな男の子に引っかかりがちだった。「あたしが何とかしてあげなきゃ」と思ってしまうらしい。オープンキャンパスの彼のことは、わたしも何度も「やめときなよ」って言った。なのに友恵は彼を見放せずにいたんだ。
桜井先生に憧れを抱くようになってから、友恵は変わった。ダメ男に目や手をかけなくなってくれたから、わたしは心底ほっとしている。
友恵は桜井先生のことが大好きだ。とはいっても、恋ではないから告白するつもりもないらしい。
「あたしにとって桜井先生は尊すぎて、恋とか憧れとかいう生身の感覚じゃ説明できない。推しを超えて、もはや神なの! わかる?」
ごめん、ちょっとよくわからない。
でも、学校にたくさんいる桜井先生ファンの一員として、拝んだり崇めたり「尊い!」と騒いだりする友恵は楽しそうで、うらやましいくらいだ。
恋ではないから、か。
それじゃあ、恋って、やっぱり楽しいものではないんだ。
わたしが何となくため息をついたとき、デザートのタルトが運ばれてきた。二人でシェアするという話をしておいたから、ちゃんと二つにカットしてある。
季節のフルーツは、すももとざくろだ。クリームは豆乳仕立て。口に含んでみれば、優しい味わいにまとまっていた。
「おいしい」
わたしが思わずうっとりしていたら、いきなり友恵がスマホのカメラのシャッターを切った。
「激写しちゃった。すごくいい顔してたよ、そよちゃん。送ってあげるね。相馬に見せてやりなよ」
「へっ?」
「あたしは相馬の連絡先なんて知らないし。でもほら、そよちゃんの幸せそうな顔は、相馬も見たいだろうからさ」
友恵はスマホにわたしの写真を表示させた。とろけたような表情の自分に、わたしは恥ずかしくなって顔を覆う。
「やめてよ、もう~! そんな写真、消して!」
「絶対消さない。あたしが思うに、そよちゃんはおいしいもの食べてるときの顔がいちばんかわいいんだよ。で、舞台に関わってるときの顔がいちばんカッコよくて、悩んでるときの顔がいちばん美人」
「悩んでるときの顔?」
「そう。だから、今日のそよちゃんは全体的に美人モードだね。台本か小説のことで悩んでるの? それとも、相馬のこと? 夢見が悪かったんだっけ?」
お見通しなんだな、と思った。わたしがカフェに呼び出した理由、話を聞いてほしいからだって、友恵には伝わっているんだ。
「わたし、瑞己くんに迷惑をかけてばっかりなんだ。今までは、たまたま間の悪いところに居合わせる感じで、わたしのフォローをさせちゃってるんだと思ってた。でも、違うのかもしれなくて」
「どういうこと?」
「たまたまじゃないのかもしれない。わたしと関わったら必ず瑞己くんに不運が降りかかってしまう気がして……」
「何それ? 証拠でもあるの?」
「証拠っていうか、予感なんだけど……友恵、変な話になるけど、聞いてくれる?」
うなずいた友恵に、わたしは、壊れものの予知夢のことを打ち明けた。
ものを落としたり壊したりする予知夢。それがだんだんハッキリしてきたこと。すべての予知夢に瑞己くんが関わっていること。そして、昨日の夜に見た夢では、瑞己くん自身がガラス細工か陶器の人形みたいに壊れてしまったこと。
話しながら、わたしは震えていた。
「何の根拠もないんだけど、あの夢はきっと予知夢だ、本当にこれから起こることだって、なぜだかわかるんだ。友恵、どうしよう? 瑞己くん、どうなっちゃうんだろう?」
友恵は冷静な表情で聞いていた。
「なるほどね。だから、そよちゃん、今日はそんなに心配そうな顔してたんだ。確かに、今までの予知夢とは毛色が違うよね」
「信じてくれるの?」
「そよちゃんが本気で悩んでるんだから、ほっとけないよ。そよちゃんはもともと、運命の恋人たちの夢をずっと見てきたわけでしょ。だからさ、やっぱり今回の予知夢も、偶然が重なっただけとは思いにくいよね」
「こんな非科学的な話、予知夢だなんて、全部わたしの妄想だったらいいのに」
「そうだね。でも、妄想だとは思えなくて、気に病んじゃってるんでしょ?」
友恵は腕組みをして、難しそうにうなった。子供の頃から空想や物語が好きだったわたしのことを、すぐそばで見ていてくれた幼馴染みだ。問答無用で信じて、一緒に悩んでくれる。
心強い。
友恵がいてくれるだけで、少しほっとする。
カラン、とドアベルが鳴った。何気なくそちらを見ると、入ってきた子とバッチリ目が合った。
詩乃ちゃんだ。
瑞己くんのことが大好きな小学二年生。この間、わたしのお節介のせいで泣かせてしまった相手。
詩乃ちゃんは「あーっ!」と言って、ずんずんとわたしのほうへ歩いてきた。怒った顔をしている。カウンターから夏美さんが「こら」とたしなめても、詩乃ちゃんはおかまいなしだ。
わたしは頬が引きつるのを感じながら、どうにか笑顔をつくってみせた。
「えっと、詩乃ちゃん? この間はごめんね。あの……」
「謝るのは十分聞いたから、もういいの!」
わたしの言葉をさえぎって、詩乃ちゃんは声を上げた。わたしは思わず「はい」と言って口をつぐむ。
詩乃ちゃんは腰に手を当ててふんぞり返ると、わたしに宣言した。
「瑞己兄ちゃんのことがいちばん好きなのは、あたしだもん! ぜっっったいに負けないんだから!」
「えっ?」
「あたしが瑞己兄ちゃんを幸せにしてあげるんだもん! 瑞己兄ちゃんはお人好しで優しすぎて、一人でたくさん抱えちゃって、大変なんだよ。だから、瑞己兄ちゃんのことはあたしが守るの!」
わたしがポカンとしているうちに、どこからともなく楓子ちゃんが飛んできて、詩乃ちゃんを羽交い締めにした。
「ちょっと、詩乃! お店で騒がないの! ああもう、そよ香さん、妹がごめんなさい!」
詩乃ちゃんはふくれっつらになって、じとっとした目でわたしを見つめている。でも楓子ちゃんに抵抗することなく、キッチンのほうへ引っ張られていった。
わたしはどうしていいかわからなくて、そこで固まってしまったんだけれど。
友恵がプッと噴き出した。
「すごいね。ライバル宣言なんてさ。今の子が、カップを落としたときの子なんだね?」
「う、うん」
夏美さんがカウンターから出てきた。困り果てて笑うしかなくなって、笑っている。そんな顔をしている。
「そよ香さん、本当にごめんなさいね。これ、お騒がせしたおわび」
テーブルに置いてくれたのは、手作りとおぼしきビスコッティだ。
「えっ、そんな……」
いいのに、と言おうとしたわたしにウインクをして、夏美さんはほかのテーブルのお客さんにもビスコッティを配っていく。いつの間にかランチタイムの大にぎわいは落ち着いて、今は顔見知りのお客さんばっかりになっていたみたい。
友恵がビスコッティをポリポリかじりながら、「おいしい」と顔をほころばせた。美人なんだけど、無邪気にお菓子を喜んでいる顔はちょっと子供っぽい。友恵はそういうところがかわいいんだ。
***