休日に出かける場合、着ていく服をどうしようか、というのが大きな問題となる。
いや、たとえば市民ミュージカルの座組の仲間みたいな、純粋に演劇つながりの人が相手だったら、さほど悩まない。稽古での格好は、動きやすくてガンガン洗濯できることが最優先だ。そんな格好をお互い見せてきているから、ハードルが低い。
しかし、今回のお出かけの相手は、あの瑞己くんなわけで。
「あぁぁ、どうしようかな? 気合い入れすぎるのも違うし。そもそもわたしのクローゼット、稽古着用の笑えるTシャツばっかだし」
Tシャツに描かれた模様やロゴや格言を見て、ふふっと笑えるっていうのは大事なんだ。座組のメンバーとの会話のきっかけになる。だから、ちょっとしたネタが仕込まれたTシャツと見ると、わたしは思わず買ってしまう。
でも、今回はダメ。行き先は稽古場じゃないんだから。
もういっそ制服で行って「ちょっと学校に寄ってきたから」なんて言い訳をするほうが楽じゃないかなっていうくらい、さんざん悩んだ。
結局、シンプルな水色のシャツワンピに細めのジーンズを合わせて、白いキャスケットをかぶることにした。
黒のショルダーバッグは、大好きな劇団の二十五周年記念の限定販売品だ。台本や稽古着で多少かさばっても大丈夫なくらいたっぷり入るサイズで、今のところいちばんのお気に入り。
待ち合わせの時間まで図書館で勉強することにして、筆記用具やノート、舞台の脚本集をバッグに詰めた。その上に、そっと、Keiの焼き菓子セットの包みを入れた。
家でお昼を食べてから、バスで図書館に向かう。
図書館の閲覧室で勉強道具を広げたものの、約束の時間が近づくにつれて心臓の鼓動がやかましくなってきた。
「何かダメだ……」
ドキドキそわそわが落ち着きそうになくて、わたしは頭を抱えた。持ってきた脚本集に目を落としてみても、ちっとも頭に入ってこなかった。
そして午後三時の十五分前。
ちょっと早いかなとも思ったけれど、気が急いてしまって、わたしは席を立った。
玄関ホールに降りてみたら、大窓の向こう側に瑞己くんの後ろ姿が見えた。瑞己くんも早めに来てしまったらしい。
「あ、私服だ」
当然と言えば当然か。
瑞己くんのコーディネートは、シンプルな水色の襟つきシャツに、すっきり細めのジーンズだ。ボディバッグは白と黒のツートンカラー。
わたしは思わず口を押さえた。
「かぶっちゃったな」
水色のシャツワンピにジーンズ、白の帽子に黒のバッグのわたしと、見事に色合いが同じだ。
困ったなあと思わなくはないけれど。
その「困った」は、顔がにやけそうなくらい嬉しくて「困った」なんだ。
「ダメでしょ。そよ香、平常心!」
自分に言い聞かせる。
深呼吸をして、そ知らぬ顔をして、わたしは瑞己くんに近づいた。玄関ホールの自動ドアをくぐって外に出ると、瑞己くんがパッとこちらを向いた。
「そよ先輩! よかった、来てもらえた」
少し照れくさそうな瑞己くんの笑顔につられて、わたしも思わず笑ってしまう。
「約束したんだから来るよ。お待たせしたかな?」
「いえ、大丈夫です。えっと、忘れないうちに、傘、お渡ししておきます。これ」
瑞己くんは手早く傘を開いてみせた。
パッと、青い花が咲いたみたい。ステンドグラス風の模様は涼しげに日の光を透かして、きれいだ。
この澄んだ青は、瑞己くんに似合う。
うっかり見とれてしまったわたしは、あわてて視線を傘だけに向けた。
「ありがとう。どこが折れたかわからないくらい、上手に直してくれたんだね」
「ちゃんと直せて、ほっとしました」
瑞己くんは器用な手つきで傘をたたむと、わたしに差し出した。わたしは傘を受け取る。
用はすんだのだから、ここでバイバイと別れてもいい。でも、別れたくないから、わたしは明るい声を出してみせた。
「じゃ、カフェに案内して。わたし、楽しみにしてきたんだ」
「ほんとにいいんですか? そよ先輩の時間、取っちゃって」
「もちろん」
こっちです、と手振りで示して歩きだす瑞己くんに、少し遅れてついていく。
瑞己くんは前を向いたまま、小声でぽつりと言った。
「すみません」
「どうして謝るの?」
「えっと……服、似てて。あの、はたから見たら、カップルだと思われるかもしれなくて……相手が僕で、すみません」
……ちょっと待って。
カップル?
そんなにストレートな言葉にされると困る。先輩風を吹かせる気持ちでごまかした鼓動の高鳴りが、完全に戻ってきてしまった。
だけど、ここで黙ってしまうのはダメだ。瑞己くんと会話を続けていたい。
だって、この胸の高鳴りは、ちっとも嫌なんかじゃないから。
「青ってね、好きな色なんだ。瑞己くんも?」
「そ、そうですね。服、たくさんは持ってないんですけど、全部、青系かモノトーンって感じで」
「わたしも同じ。稽古着を別にすれば、青か白の服ばっかりで、長袖は黒もあるかな。じゃあ、何を選んでも、似ちゃう可能性がけっこう高いんじゃない?」
「……すみません」
「だから、どうして謝るの? わたし、気にしないよ。瑞己くんとは趣味が合うんだなって思うと、むしろ嬉しい」
瑞己くんがチラッとわたしのほうを見た。いつの間にか、頬も耳も首筋も赤い。色白なせいで赤みが目立ってしまうんだろう。
聞き取れるかどうかギリギリのささやき声で、瑞己くんが言った。
「……僕も、本当は嬉しいです……」
そして、大きな手で口元を覆いながら、そっぽを向いてしまった。
***
いや、たとえば市民ミュージカルの座組の仲間みたいな、純粋に演劇つながりの人が相手だったら、さほど悩まない。稽古での格好は、動きやすくてガンガン洗濯できることが最優先だ。そんな格好をお互い見せてきているから、ハードルが低い。
しかし、今回のお出かけの相手は、あの瑞己くんなわけで。
「あぁぁ、どうしようかな? 気合い入れすぎるのも違うし。そもそもわたしのクローゼット、稽古着用の笑えるTシャツばっかだし」
Tシャツに描かれた模様やロゴや格言を見て、ふふっと笑えるっていうのは大事なんだ。座組のメンバーとの会話のきっかけになる。だから、ちょっとしたネタが仕込まれたTシャツと見ると、わたしは思わず買ってしまう。
でも、今回はダメ。行き先は稽古場じゃないんだから。
もういっそ制服で行って「ちょっと学校に寄ってきたから」なんて言い訳をするほうが楽じゃないかなっていうくらい、さんざん悩んだ。
結局、シンプルな水色のシャツワンピに細めのジーンズを合わせて、白いキャスケットをかぶることにした。
黒のショルダーバッグは、大好きな劇団の二十五周年記念の限定販売品だ。台本や稽古着で多少かさばっても大丈夫なくらいたっぷり入るサイズで、今のところいちばんのお気に入り。
待ち合わせの時間まで図書館で勉強することにして、筆記用具やノート、舞台の脚本集をバッグに詰めた。その上に、そっと、Keiの焼き菓子セットの包みを入れた。
家でお昼を食べてから、バスで図書館に向かう。
図書館の閲覧室で勉強道具を広げたものの、約束の時間が近づくにつれて心臓の鼓動がやかましくなってきた。
「何かダメだ……」
ドキドキそわそわが落ち着きそうになくて、わたしは頭を抱えた。持ってきた脚本集に目を落としてみても、ちっとも頭に入ってこなかった。
そして午後三時の十五分前。
ちょっと早いかなとも思ったけれど、気が急いてしまって、わたしは席を立った。
玄関ホールに降りてみたら、大窓の向こう側に瑞己くんの後ろ姿が見えた。瑞己くんも早めに来てしまったらしい。
「あ、私服だ」
当然と言えば当然か。
瑞己くんのコーディネートは、シンプルな水色の襟つきシャツに、すっきり細めのジーンズだ。ボディバッグは白と黒のツートンカラー。
わたしは思わず口を押さえた。
「かぶっちゃったな」
水色のシャツワンピにジーンズ、白の帽子に黒のバッグのわたしと、見事に色合いが同じだ。
困ったなあと思わなくはないけれど。
その「困った」は、顔がにやけそうなくらい嬉しくて「困った」なんだ。
「ダメでしょ。そよ香、平常心!」
自分に言い聞かせる。
深呼吸をして、そ知らぬ顔をして、わたしは瑞己くんに近づいた。玄関ホールの自動ドアをくぐって外に出ると、瑞己くんがパッとこちらを向いた。
「そよ先輩! よかった、来てもらえた」
少し照れくさそうな瑞己くんの笑顔につられて、わたしも思わず笑ってしまう。
「約束したんだから来るよ。お待たせしたかな?」
「いえ、大丈夫です。えっと、忘れないうちに、傘、お渡ししておきます。これ」
瑞己くんは手早く傘を開いてみせた。
パッと、青い花が咲いたみたい。ステンドグラス風の模様は涼しげに日の光を透かして、きれいだ。
この澄んだ青は、瑞己くんに似合う。
うっかり見とれてしまったわたしは、あわてて視線を傘だけに向けた。
「ありがとう。どこが折れたかわからないくらい、上手に直してくれたんだね」
「ちゃんと直せて、ほっとしました」
瑞己くんは器用な手つきで傘をたたむと、わたしに差し出した。わたしは傘を受け取る。
用はすんだのだから、ここでバイバイと別れてもいい。でも、別れたくないから、わたしは明るい声を出してみせた。
「じゃ、カフェに案内して。わたし、楽しみにしてきたんだ」
「ほんとにいいんですか? そよ先輩の時間、取っちゃって」
「もちろん」
こっちです、と手振りで示して歩きだす瑞己くんに、少し遅れてついていく。
瑞己くんは前を向いたまま、小声でぽつりと言った。
「すみません」
「どうして謝るの?」
「えっと……服、似てて。あの、はたから見たら、カップルだと思われるかもしれなくて……相手が僕で、すみません」
……ちょっと待って。
カップル?
そんなにストレートな言葉にされると困る。先輩風を吹かせる気持ちでごまかした鼓動の高鳴りが、完全に戻ってきてしまった。
だけど、ここで黙ってしまうのはダメだ。瑞己くんと会話を続けていたい。
だって、この胸の高鳴りは、ちっとも嫌なんかじゃないから。
「青ってね、好きな色なんだ。瑞己くんも?」
「そ、そうですね。服、たくさんは持ってないんですけど、全部、青系かモノトーンって感じで」
「わたしも同じ。稽古着を別にすれば、青か白の服ばっかりで、長袖は黒もあるかな。じゃあ、何を選んでも、似ちゃう可能性がけっこう高いんじゃない?」
「……すみません」
「だから、どうして謝るの? わたし、気にしないよ。瑞己くんとは趣味が合うんだなって思うと、むしろ嬉しい」
瑞己くんがチラッとわたしのほうを見た。いつの間にか、頬も耳も首筋も赤い。色白なせいで赤みが目立ってしまうんだろう。
聞き取れるかどうかギリギリのささやき声で、瑞己くんが言った。
「……僕も、本当は嬉しいです……」
そして、大きな手で口元を覆いながら、そっぽを向いてしまった。
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