瑞己くんから連絡があったのは、長話をしながら雨宿りをしてから三日後のことだった。
〈傘、直せました!〉
金曜日の夜だ。
わたしは、傘は週明けに学校で渡してもらえたら、と思ったんだけれど、瑞己くんはちょっと意外なメッセージを続けて送ってきた。
〈明日か明後日、傘をお渡ししたいので、時間ありませんか?〉
それから、言い訳をするように追加のメッセージが来た。
〈月曜、朝から雨が降るらしいです〉
あの傘のほかにも、使える傘ならある。だから、わざわざ休日に瑞己くんに時間を使ってもらわなくても、大丈夫と言えば大丈夫だ。
でも、わたしはそんなふうには答えなかった。
〈ありがとう! 明日は部活でちょっと集まるんだけど、日曜は一日じゅう空いてるよ〉
メッセージを送ると同時に既読になった。瑞己くんも今、こうしてスマホを手にしているんだ。
〈日曜日の午後三時頃、市立図書館の前で落ち合えますか? 図書館のそばによく行くカフェがあるので、この間のお礼に何かおごらせてもらえたらと思って〉
〈お礼をするのはわたしのほうだよ?〉
〈いえ、僕のしょうもない話を聞いてもらったので〉
〈しょうもなくないけどな〉
〈でも、お礼をしたいんです。演劇部の打ち上げに参加させてもらったことも、悩みを打ち明けられたことも〉
実は、そのあたりのこと、登志也くんと真次郎くんからもお礼を言われたんだ。二人は「瑞己があんなに夢中になるなら、もっと早く演劇の道に誘えばよかった」とも言っていた。
基本的には怖いもの知らずで自信満々なあの二人が、瑞己くんのこととなると慎重だ。瑞己くんの抱える苦しみとどう向き合ってあげればいいか、ずっと考え続けていたものの、うまい答えを出せなかったらしい。
その状況が今、変わりつつある。
わたしが何か特別なことをしたわけではないんだって、わたし自身がいちばんよくわかっている。
タイミング、だと思う。
瑞己くんがずっと闘い続けてきて、自分の殻の中から外へ踏み出す準備が整った。これまでは上手にコントロールできなかった体調も、どうにかなりつつある。
そのタイミングが、ちょうど今なんだ。
わたしは瑞己くんに返信を送った。
〈わかった。お言葉に甘えてカフェはおごってもらうね。その代わり、わたしもお礼がしたいから、うちの近所のケーキ屋さんの焼き菓子をプレゼントします。返品不可。いい?〉
少し、間があった。
焼き菓子、瑞己くんも嫌いじゃないはずだ。わかば公演の打ち上げでもお菓子の話をした。あの日のお菓子は市販のものばかりだったけれど。
新しいメッセージがポップアップした。
〈この間の打ち上げで話してたKeiっていう店のお菓子ですか?〉
〈そう、Kei。覚えてたんだ?〉
〈あの後すぐチェックしました! でも買いに行けてないので、プレゼント嬉しいです!〉
よかった。
瑞己くんの笑顔が画面越しに見えた気がして、胸の中がじんわり熱くなる。子犬が尻尾を振っているみたいな、あの笑顔。
〈じゃあ、日曜日の午後三時に市立図書館の前で〉
〈はい! おやすみなさい!〉
メッセージのやり取りを終えた後、自分でもびっくりするくらい、胸がドキドキしていた。
「瑞己くんって、文字でやり取りするときは元気な感じなんだ。こっちが素の瑞己くんなのかな」
びっくりマークがいっぱいついたメッセージを見返してみる。
面と向かって声に出して言葉を交わすときも、今みたいに元気に、スムーズに、できるようになればいい。瑞己くんが自分らしくいられるときが早く訪れてほしい、と、わたしは思った。
***
〈傘、直せました!〉
金曜日の夜だ。
わたしは、傘は週明けに学校で渡してもらえたら、と思ったんだけれど、瑞己くんはちょっと意外なメッセージを続けて送ってきた。
〈明日か明後日、傘をお渡ししたいので、時間ありませんか?〉
それから、言い訳をするように追加のメッセージが来た。
〈月曜、朝から雨が降るらしいです〉
あの傘のほかにも、使える傘ならある。だから、わざわざ休日に瑞己くんに時間を使ってもらわなくても、大丈夫と言えば大丈夫だ。
でも、わたしはそんなふうには答えなかった。
〈ありがとう! 明日は部活でちょっと集まるんだけど、日曜は一日じゅう空いてるよ〉
メッセージを送ると同時に既読になった。瑞己くんも今、こうしてスマホを手にしているんだ。
〈日曜日の午後三時頃、市立図書館の前で落ち合えますか? 図書館のそばによく行くカフェがあるので、この間のお礼に何かおごらせてもらえたらと思って〉
〈お礼をするのはわたしのほうだよ?〉
〈いえ、僕のしょうもない話を聞いてもらったので〉
〈しょうもなくないけどな〉
〈でも、お礼をしたいんです。演劇部の打ち上げに参加させてもらったことも、悩みを打ち明けられたことも〉
実は、そのあたりのこと、登志也くんと真次郎くんからもお礼を言われたんだ。二人は「瑞己があんなに夢中になるなら、もっと早く演劇の道に誘えばよかった」とも言っていた。
基本的には怖いもの知らずで自信満々なあの二人が、瑞己くんのこととなると慎重だ。瑞己くんの抱える苦しみとどう向き合ってあげればいいか、ずっと考え続けていたものの、うまい答えを出せなかったらしい。
その状況が今、変わりつつある。
わたしが何か特別なことをしたわけではないんだって、わたし自身がいちばんよくわかっている。
タイミング、だと思う。
瑞己くんがずっと闘い続けてきて、自分の殻の中から外へ踏み出す準備が整った。これまでは上手にコントロールできなかった体調も、どうにかなりつつある。
そのタイミングが、ちょうど今なんだ。
わたしは瑞己くんに返信を送った。
〈わかった。お言葉に甘えてカフェはおごってもらうね。その代わり、わたしもお礼がしたいから、うちの近所のケーキ屋さんの焼き菓子をプレゼントします。返品不可。いい?〉
少し、間があった。
焼き菓子、瑞己くんも嫌いじゃないはずだ。わかば公演の打ち上げでもお菓子の話をした。あの日のお菓子は市販のものばかりだったけれど。
新しいメッセージがポップアップした。
〈この間の打ち上げで話してたKeiっていう店のお菓子ですか?〉
〈そう、Kei。覚えてたんだ?〉
〈あの後すぐチェックしました! でも買いに行けてないので、プレゼント嬉しいです!〉
よかった。
瑞己くんの笑顔が画面越しに見えた気がして、胸の中がじんわり熱くなる。子犬が尻尾を振っているみたいな、あの笑顔。
〈じゃあ、日曜日の午後三時に市立図書館の前で〉
〈はい! おやすみなさい!〉
メッセージのやり取りを終えた後、自分でもびっくりするくらい、胸がドキドキしていた。
「瑞己くんって、文字でやり取りするときは元気な感じなんだ。こっちが素の瑞己くんなのかな」
びっくりマークがいっぱいついたメッセージを見返してみる。
面と向かって声に出して言葉を交わすときも、今みたいに元気に、スムーズに、できるようになればいい。瑞己くんが自分らしくいられるときが早く訪れてほしい、と、わたしは思った。
***