「聞いた? 有光ってT大学受かったのに、入学辞退するつもりらしいよ」

 あ、これはよくない展開だぞ、と冷や汗を垂らす。
 聞いてろくなことはないはずなのに、聞き耳を立ててしまうのは、人間の本能だろう。

「何それもったいなっ。何で?」
「え、知らない?」
「そんなん、渡辺さんに気を遣ってるに決まってんじゃんー」
「別れちゃったんだよあの2人。釣り合ってなかったけどさ、何もこんな時期に別れなくってもって気がするわ」
「ねー、メンタルに来る時期にさ」
「渡辺さん、人の心ないんかいって。ま、なさそうだけど」
「ひどぉっ」

 女子三人が無遠慮に展開する、無責任な噂話。
 世界中あらゆる高校で展開されていそうな陰口だ。

 一旦はこの空気に身構えた。
 だがよくよく考えれば何でもない、二十歳のわたしから見れば、十分事実そのものだった。
 彼女たちが悪口を言うのももっともだ、とわたしは納得する。
 わたしのせいで、志遠は別の大学へ行こうとしているわけだから。
 この時期に別れざるを得なかったのにはちゃんとわたしなりの理屈が存在するには存在していたのだが、そんなこと他人からすれば関係ない話だ。

 考えてみると、あまり大学では陰口や悪口って遭遇しない。
 高校生よりも精神年齢が上がるせいもあるだろうし、学生数が多くなり、自然と関係が希薄になるからかもしれない。
 人間はあまりにも自分から離れている人の悪口なんて言わない。
 ほどよく自分と近くてほどよく自分に似ている人のことが気になって、悪口を言いたくなるのだ。

 ならば、女子高校生同士の陰口さえも、経験しそこねた「青春」のひとかけら。
 そう思うと、なんだか愛おしくさえ思えてくる。

「渡辺さん、なんで今日来たんだろね」
「行事には来ないイメージだったわー」

……わたし、怪しまれてる?
 本来の十八歳のわたしがしなかった行動だから、やはり他の生徒からすると不審なのか。

 わたしは個室のドアを思いっきり開けた。

「……!」

 そこにいた3人が一斉にわたしの姿を認めるや、目を丸くする。
 わたしが個室に入ってるとは想像もしていなかったらしい。

「運命を変えるために来たんだよ」

 涼しい顔をして、わたしはトイレを出て行く。一応、2年先輩としての余裕を見せつけてやりたかったのだ。
 ……彼女たちにとっちゃわたしはただの同級生なんだけれど。

 トイレから戻ったら、志遠を話をしよう。もう周りに人がいるからとか、タイミングを伺ってとか、自分に勇気がなくて行動を起こせないことに対して言い訳はしない。

 レストランに入ると、志遠はさっきいたのとは別のテーブルで男女5,6人と集合写真を撮影していた。

 一直線にそのグループに向かって足を進め、
「しお――」

 声を掛けようとしたとき、わたしの肩に手が置かれた。
 振り返ると、そこにはまたしても、

「木戸さん……」

 またこの子か! さすがにもう今回だけは彼女を振り切って志遠と接触しなくては――

「やめて」