*
『速報です。本日午後五時頃、長野県△△町のスキー場へ向かうバスが転落する事故がありました』
大学2年生の2月、実家のソファーでゴロゴロしていると、家族がつけっぱなしにしていたテレビからそんなニュースが聞こえてきた。
時たま耳にする事故のニュース。ほとんど聞き流しながらスマホゲームの世界に入り浸っていた。すると、
『ね、これってJ大学の学生が乗ってたんだって。あんたと同い年の子ばかりじゃない。可愛そうにねえ』
夕食後のダイニングテーブルを拭いていた母親に共感を求められ、『そうなんだ』といったん流しかけて、はたとゲームに打ち込む手を止めた。
J大学の学生? と思いながら、テレビ画面に初めて目を向けたときには、CMに切り替わっていて、詳細が掴めない。
スマホで『長野県 バス事故』と検索をかけ、いくつかのニュース記事をチェックする。
重傷者が複数名。心肺停止で搬送。運転手を事情聴取。J大学の登山サークルの合宿。
いくつものニュースサイトを覗いて得られたのは、それだけの情報。
だけど……。
鼓動が乱れ始めていた。
登山サークル、というのが引っかかっていた。
別れてもなお志遠の動向がどうしても知りたくてSNSを覗いたときに、登山服で数人の仲間と映る写真を複数枚見た記憶がよみがえったのだ。
もしも志遠が大学の登山サークルに入っていたのだとしたら?
もしも志遠があのバスに乗っていたのだとしたら?
考えたところでどうしようもない懸念だけが膨張していた。
そしてその懸念は、当たってしまった。
時間をおいて流れ出した情報の中に、わたしは見つけてしまうのだった。
「死亡:6名」「有光志遠」の文字を。
腕が震え、スマホが床に落ちた。
――わたしは志遠の人生を狂わせてしまった。
このときようやっと、その事実を認識した。
わたしの心は、いつも遅い。
大事なことに「今」気づくことができず、いつも「未来」がここに来てからしか気づけないのだ。
*
きっとこのタイムリープは神様から与えられた使命。
自分の責任で、志遠の人生を救いなさい、と。
そうするべきだと思う。
志遠が望むのなら、ここでT大学の入学をわたしが辞退する。
彼のいない世界を、神様は望んでいないのだから。
*
「3年4組卒業パーティー、題して”俺たちの絆はフォーエバー!”、皆さんお集まりいただきありがとうございまーす!」
テンションの高い男子の声に、ふと我に返る。
気づけばスーツやワンピースに着替えてちょっとおめかし気分の卒業生たちが、グラス片手に起立していた。もちろん、中身はジュースなのだろう。
わたしも慌ててソファから立つ。親戚の結婚式で一度着たきりのパーティードレスの裾の皺を払い、一番端っこの暗い席から、暖色の照明が当たる中央を見やる。
お調子者の記憶がある学級委員長が、店から借りたマイク片手に、司会進行を務めていた。
「今日は高校最後の夜を楽しみましょう! 卒業おめでとう、そして俺たちの輝かしい未来にかんぱーい!」
音頭に合わせて、レストラン内のあちこちでグラスが鳴る。
隣にいる木戸さんとわたしも、グラスをかち合わす。
「細見君、相変わらず盛り上げ上手だよね」
記憶にないけれど、適当に相槌を打つ。
「内山さんが、細見君に告白したけど振られたって知ってる?」
「そうなの?」
記憶を辿っても出てこない名前だったけれど、これまた適当に話を合わせる。辛いなあ……。
「なんでかって言うと、細見君はぽっちゃりした女の子が好みだからなんだって。内山さん、スタイルいいのにもったいないよねー」
「そ、そうだね」
そんな話題がしばらく木戸さんから続くのかと身構えていると、助け船が入った。
「のんちゃんー! 大学で別々になるなんて寂しすぎるよー」
「私もだよぉ、癒やしがなくなる!」
中央から現れ、木戸さんの背中にがばりと抱きつく女子2人。
ほっと胸をなで下ろした。
この隙に脱出しよう。
「ちょっとトイレに行ってくるね!」
そのついでに志遠と話ができればよいのだが……
でも残念ながら志遠は中央のグループで男子に囲まれて談笑している。わたしが通りかかっても、気づきさえしなかった。
そううまくはチャンスが訪れるものでもないよね……。
アップテンポのポップスと卒業生たちの嬌声が入り交じってカオスな店を縦断し、外に出る。一旦外に出るのは、雑居ビルあるあるで、トイレは複数店舗の共用だからだ。
個室に入ってひと息ついた時だった。ガチャリと外のドアが開く音に続けて、複数のヒールの足音が入ってきた。
それも、いかにもといった風のクスクス声を立てながら。
『速報です。本日午後五時頃、長野県△△町のスキー場へ向かうバスが転落する事故がありました』
大学2年生の2月、実家のソファーでゴロゴロしていると、家族がつけっぱなしにしていたテレビからそんなニュースが聞こえてきた。
時たま耳にする事故のニュース。ほとんど聞き流しながらスマホゲームの世界に入り浸っていた。すると、
『ね、これってJ大学の学生が乗ってたんだって。あんたと同い年の子ばかりじゃない。可愛そうにねえ』
夕食後のダイニングテーブルを拭いていた母親に共感を求められ、『そうなんだ』といったん流しかけて、はたとゲームに打ち込む手を止めた。
J大学の学生? と思いながら、テレビ画面に初めて目を向けたときには、CMに切り替わっていて、詳細が掴めない。
スマホで『長野県 バス事故』と検索をかけ、いくつかのニュース記事をチェックする。
重傷者が複数名。心肺停止で搬送。運転手を事情聴取。J大学の登山サークルの合宿。
いくつものニュースサイトを覗いて得られたのは、それだけの情報。
だけど……。
鼓動が乱れ始めていた。
登山サークル、というのが引っかかっていた。
別れてもなお志遠の動向がどうしても知りたくてSNSを覗いたときに、登山服で数人の仲間と映る写真を複数枚見た記憶がよみがえったのだ。
もしも志遠が大学の登山サークルに入っていたのだとしたら?
もしも志遠があのバスに乗っていたのだとしたら?
考えたところでどうしようもない懸念だけが膨張していた。
そしてその懸念は、当たってしまった。
時間をおいて流れ出した情報の中に、わたしは見つけてしまうのだった。
「死亡:6名」「有光志遠」の文字を。
腕が震え、スマホが床に落ちた。
――わたしは志遠の人生を狂わせてしまった。
このときようやっと、その事実を認識した。
わたしの心は、いつも遅い。
大事なことに「今」気づくことができず、いつも「未来」がここに来てからしか気づけないのだ。
*
きっとこのタイムリープは神様から与えられた使命。
自分の責任で、志遠の人生を救いなさい、と。
そうするべきだと思う。
志遠が望むのなら、ここでT大学の入学をわたしが辞退する。
彼のいない世界を、神様は望んでいないのだから。
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「3年4組卒業パーティー、題して”俺たちの絆はフォーエバー!”、皆さんお集まりいただきありがとうございまーす!」
テンションの高い男子の声に、ふと我に返る。
気づけばスーツやワンピースに着替えてちょっとおめかし気分の卒業生たちが、グラス片手に起立していた。もちろん、中身はジュースなのだろう。
わたしも慌ててソファから立つ。親戚の結婚式で一度着たきりのパーティードレスの裾の皺を払い、一番端っこの暗い席から、暖色の照明が当たる中央を見やる。
お調子者の記憶がある学級委員長が、店から借りたマイク片手に、司会進行を務めていた。
「今日は高校最後の夜を楽しみましょう! 卒業おめでとう、そして俺たちの輝かしい未来にかんぱーい!」
音頭に合わせて、レストラン内のあちこちでグラスが鳴る。
隣にいる木戸さんとわたしも、グラスをかち合わす。
「細見君、相変わらず盛り上げ上手だよね」
記憶にないけれど、適当に相槌を打つ。
「内山さんが、細見君に告白したけど振られたって知ってる?」
「そうなの?」
記憶を辿っても出てこない名前だったけれど、これまた適当に話を合わせる。辛いなあ……。
「なんでかって言うと、細見君はぽっちゃりした女の子が好みだからなんだって。内山さん、スタイルいいのにもったいないよねー」
「そ、そうだね」
そんな話題がしばらく木戸さんから続くのかと身構えていると、助け船が入った。
「のんちゃんー! 大学で別々になるなんて寂しすぎるよー」
「私もだよぉ、癒やしがなくなる!」
中央から現れ、木戸さんの背中にがばりと抱きつく女子2人。
ほっと胸をなで下ろした。
この隙に脱出しよう。
「ちょっとトイレに行ってくるね!」
そのついでに志遠と話ができればよいのだが……
でも残念ながら志遠は中央のグループで男子に囲まれて談笑している。わたしが通りかかっても、気づきさえしなかった。
そううまくはチャンスが訪れるものでもないよね……。
アップテンポのポップスと卒業生たちの嬌声が入り交じってカオスな店を縦断し、外に出る。一旦外に出るのは、雑居ビルあるあるで、トイレは複数店舗の共用だからだ。
個室に入ってひと息ついた時だった。ガチャリと外のドアが開く音に続けて、複数のヒールの足音が入ってきた。
それも、いかにもといった風のクスクス声を立てながら。