『ごめん。志遠のこと、もう好きじゃない』

 それは唯一の、わたしが彼についた嘘だった。

 いつも本音しか言わず、誰かを不快にさせてしまうわたしは、嘘をついてもなお誰かを不快にしてしまう。
 志遠は悲しそうに眉根を下げるだけで、何も言わなかった。
 そのときにはすでに決めていたのだと思う。
 わたしと同じ大学には行かない、と。
 それが志遠の出した答え。
 わたしとは、関わらない。
 そういう決意。

 これがわたしの人生唯一の嘘。
 そしてわたしの人生初めての恋の終わり。





「今までありがとうございましたー! 3年4組最高ー!」

 高校最後のホームルームは、先生への花束贈呈や手紙交換、写真撮影などが嵐のように進む。
 大学に入ってから周りがそういう話をしていたなぁ、とぼんやり思い出す。
 こういうときにもらった記念品をそのまま大学でも使うものらしく、卒業式に参加しなかったわたしは、万年筆も印鑑も何も持っていなくて、周りとの会話についていけない。
 高校時代も今も、あまり変わっていないのかもしれない。

 志遠に話しかけるタイミングはなかなか掴めなかった。
 教室に戻る道中でも、常に周りに男女問わず誰かがくっついている。
 まるでわたしから志遠をガードするかのようだ。

 だけど体育館から教室に戻ってきたタイミングで、一度だけ目が合った。そのときには、

『来てたんだ』

 とでも言いたげな、まるい目をしていた。

「こんなにみんなが一体になって学校生活に取り組むクラスは、教員生活初めてでした。体育祭がコロナ対策で中止になりかけとき、みんなが署名活動をして、体育祭が実施できたとき、僕も実は感動していました――」

 担任の最後の挨拶はほとんど聞き流していた。
 この後の世界では、誰もコロナのことを気にしていないので、なんだか内容を聞いていてムズムズする。
 わたしは志遠の方ばかり見ている。
 このままじゃ、ダメだ。
 時間は有限。
 やっと卒業式に参加する勇気が出たのに、話しかける勇気がないんじゃ、何度ループしても同じことじゃないか。

 ホームルームが終わって、解散になった。
 いけない、このままじゃ、撮影が終わったら学校からみんな出て行ってしまう。

 男子六人グループの輪に入り色とりどりの装飾が施された階段を降りる志遠を、わたしは追いかけた。

 ダメ、あなたに伝えなきゃいけないことが――。

「しお――」
「渡辺さん!」

 声を掛けようとしたとき、わたしの肩に手が置かれた。

「き、木戸さん……」

 頼むから今は話しかけないでくれ! このタイミングじゃないだろ!
 そんなテレパシーが通じることなく、木戸さんはにこっとしている。

「実はこの後卒業パーティーをうちのクラスのメンバーでするんだけど、来ない?」
「そ、つぎょうパー……? 行く! 行きます!」
「……珍しく食い気味だね?」

 このチャンスを逃すはずがなかった。