有光志遠という男は、わたしたちのずっとずっと先を行く大人だと思っていた。
だけど、
「ばかじゃないの?」
今日ばかりは、『大人』なんかじゃないと言わざるを得ない。
「わたしが、志遠のことをそんな風に思うわけがない」
ゲームみたいに人間関係を全てリセットしてやり直そうなんて甘い考え、わたしにはなかった。
確かに学校行事にはろくに参加しなかったし、人付き合いも悪かったけれど、つながった糸をゼロに断ち切ろうと思ったことはなかったはずだ。
みるみるうちに、わたしの顔は赤くなっていった、と思う。
「ねえ、志遠」
志遠のコートの袖口をつかむ。
「……志遠がいない世界は辛すぎるよ。わたしには」
真っ白なキャンパス、なんてお断りだ。
潔白じゃなくていい。
赤や黄色、青や紫、黒……甘い思い出、楽しい思い出、苦い思い出。
完璧じゃなくていい。
たくさんの色を塗り重ねすぎてぐちゃぐちゃになった、汚いキャンパスでもいい。
青春を描いたキャンパスなんて本当はそんなものじゃないか。
たった一色で出来上がった人生の一ページなんてあるものか。
「あなたのいない世界には、彩りがなさすぎる」
だから、わたしのそばにいてほしい。
気づけば頬が冷たかった。
それが自分の涙だと気づくのに数秒かかった。
ああ、これ、人生で初めて泣いた学校行事だな。
頭の片隅でそんなことを思いながら、わたしは泣き続けていた。
志遠の温かな両腕に包まれて。
卒業式なんて嘘泣きイベントだと思っていた。
誰も彼もがことさらに青春の充実を強調する自己満足イベントだと。
出るだけ無駄な時間だって。
そんなわたしが、2年も経って、本気で泣いている。
本気で好きになった人に、体を任せて、力を抜いて。
自分がこれまで肩に力を入れてきたのが、全部嘘だったみたいに。
未熟な十八歳のわたしは、白一色の世界を目指し、青春の彩りのことごとくを切り捨ててきただけ。
今だからこそ気づけた。
――やっと卒業できた気がする。
過去からも、妙な意地や思い込みからも。
これで初めて「#高校生」のタグが外せるような気がしていた。