『知ってると思うけど、私はギャンブルが嫌いなのよ』
存じております。
新と巴も、首を縦に振っている。
たしか、前に付き合っていた恋人がギャンブラーだったとかで、明美ちゃん先生の給料を勝手に持ち出して、競馬で使い果たされたのが原因だったはずだ。通帳の数字が0になったのは初めて見たと言っていた。
それがトラウマになったという話。
その彼氏とはすぐに縁を切って、しばらくしてから新しい彼氏ができたと聞いた。その彼氏とはもうそろそろ4年の記念日だったはずでは……。
『あー。なんか僕分かっちゃったー』
明美ちゃん先生が次を話す前に、スマホが巴の声を拾った。巴は苦々しく笑っていた。
私もなんとなく分かった。
新はまだよく分かっていない顔で、明美ちゃん先生の話の続きを黙って待っていた。
『その日は、デートの約束をしてたの。久しぶりのデートだったのよ』
私はチョコパンを頬張る。
『それがドタキャンされたの』
明美ちゃん先生は教卓を殴った。
まだお酒が抜けていないのかと思うほど、普段の明美ちゃん先生からは考えられない行動だった。
『仕事だって言ったのよ。まぁ、仕方ないかなって思ったの。今までも仕事でドタキャンされることはあったし。仕事が忙しい人だとは分かってるつもりだったわ。でもね、でもよ? その日、町で見かけたのよ。あいつを。しかもスーツじゃなかったの』
町で見かけた彼氏さんは、スウェット姿だったらしい。
仕事だと言っていたはずなのに、と気になった明美ちゃん先生は、彼氏のあとをこっそりついて行ったのだそう。
別にストーカーじゃないわよ、と念を押された。
何も言ってませんよ……。
『先生質問でーす』
『はい、佐藤くん』
『馬? 自転車? 船?』
巴がデリカシーの欠けた、核心に迫る質問をした。
『馬よ』
答えた明美ちゃん先生は、巴を睨みつける。完全に八つ当たりだろう。
巴は少しも堪えていない様子で、あちゃー、と笑っている。
私はプリンの蓋を開けた。
『出てきたあいつの顔を見たときは、ざまぁと思ったわ』
彼氏さん負けたんだ……。
『それで明美ちゃん先生はどうしたんだ?』
『出てきたあいつの前に立ちふさがって。グーで殴ってやろうと思ったわ』
思いとどまったのは偉い。
『平手で我慢したわ』
思いとどまっていなかった。
どうやら、今までの仕事でのドタキャンも、こっそり競馬に行っていたせいらしい。また机に突っ伏してしまった明美ちゃん先生は、気付けなかった自分が不甲斐ない、情けない、と自分を責めていた。
不謹慎かもしれないけど、正直、今の先生にお酒を渡したい。きっと、面白いくらいにお酒が消えていくことだろう。
私はプリンを平らげ、次のパンを選んだ。
『秋波さん。予鈴よ。そのくらいにしなさい』
机に向かって喋る先生の声を、スマホが拾う。その画面の時計は、確かに予鈴の時刻を表示していた。
私は渋々、残っているおやつを袋に戻し、リュックに押し込んだ。
残りは昼ご飯のあとにでも食べよう。
『あぁ、本当に情けないわ』
『明美ちゃん先生は何も悪くないよねー』
『オレもそう思う。彼氏にギャンブルは嫌い、って最初に言ってたんだろ?』
『言ったわ。あーあ。私、あの人とならって思ってたのに』
明美ちゃん先生的には結婚を考えていたということか。
何と言うか……ご愁傷様です、以外の言葉が浮かばない。
『はぁ。生徒の前で恥ずかしい』
『吐き出すのは大事だって。オレらでよければいつでも聞くから』
新が爽やかな笑顔で言う。
私はノートを持って教卓に近づき、先生の肩を叩いた。顔を上げた先生に、グイッとノートを近づける。
『元気出して。次はギャンブルしない人だったらいいね』
「ありがと」
先生が赤くなった鼻を啜って、そう言った。
先生は両頬を叩いて立ち上がると、教室を出て行った。
私は自分の席に戻って、机上のスマホを覗き込んだ。
『引き摺ってちゃダメよね。ちょっとトイレ行ってくるわ』
明美ちゃん先生のことは、心配にならないというと嘘になるが、私にできることは話を聞くことぐらいしかない。
どうにか立ち直ってもらえたらいいと思う。
スマホの時計が進み、本鈴の鳴る時間を示した。
小走りで戻ってきた明美ちゃん先生は、頭を抑えていた。
二日酔いの頭痛に、小走りが響いたのかもしれない。
だけどその顔は、さっきまでよりは晴れやかになっていた。
恋って、大変だな。
幸せなことばっかりじゃない。
辛いこともあって、嫌なこともある。
明美ちゃん先生みたいに、本当に好きだった人と、ちょっとしたことで別れることになることもある。
本人からしたら、些細なことではないのかもしれないけれど。
本当、恋愛って大変なんだなぁ、と他人事のように思い、教科書を開いた。
存じております。
新と巴も、首を縦に振っている。
たしか、前に付き合っていた恋人がギャンブラーだったとかで、明美ちゃん先生の給料を勝手に持ち出して、競馬で使い果たされたのが原因だったはずだ。通帳の数字が0になったのは初めて見たと言っていた。
それがトラウマになったという話。
その彼氏とはすぐに縁を切って、しばらくしてから新しい彼氏ができたと聞いた。その彼氏とはもうそろそろ4年の記念日だったはずでは……。
『あー。なんか僕分かっちゃったー』
明美ちゃん先生が次を話す前に、スマホが巴の声を拾った。巴は苦々しく笑っていた。
私もなんとなく分かった。
新はまだよく分かっていない顔で、明美ちゃん先生の話の続きを黙って待っていた。
『その日は、デートの約束をしてたの。久しぶりのデートだったのよ』
私はチョコパンを頬張る。
『それがドタキャンされたの』
明美ちゃん先生は教卓を殴った。
まだお酒が抜けていないのかと思うほど、普段の明美ちゃん先生からは考えられない行動だった。
『仕事だって言ったのよ。まぁ、仕方ないかなって思ったの。今までも仕事でドタキャンされることはあったし。仕事が忙しい人だとは分かってるつもりだったわ。でもね、でもよ? その日、町で見かけたのよ。あいつを。しかもスーツじゃなかったの』
町で見かけた彼氏さんは、スウェット姿だったらしい。
仕事だと言っていたはずなのに、と気になった明美ちゃん先生は、彼氏のあとをこっそりついて行ったのだそう。
別にストーカーじゃないわよ、と念を押された。
何も言ってませんよ……。
『先生質問でーす』
『はい、佐藤くん』
『馬? 自転車? 船?』
巴がデリカシーの欠けた、核心に迫る質問をした。
『馬よ』
答えた明美ちゃん先生は、巴を睨みつける。完全に八つ当たりだろう。
巴は少しも堪えていない様子で、あちゃー、と笑っている。
私はプリンの蓋を開けた。
『出てきたあいつの顔を見たときは、ざまぁと思ったわ』
彼氏さん負けたんだ……。
『それで明美ちゃん先生はどうしたんだ?』
『出てきたあいつの前に立ちふさがって。グーで殴ってやろうと思ったわ』
思いとどまったのは偉い。
『平手で我慢したわ』
思いとどまっていなかった。
どうやら、今までの仕事でのドタキャンも、こっそり競馬に行っていたせいらしい。また机に突っ伏してしまった明美ちゃん先生は、気付けなかった自分が不甲斐ない、情けない、と自分を責めていた。
不謹慎かもしれないけど、正直、今の先生にお酒を渡したい。きっと、面白いくらいにお酒が消えていくことだろう。
私はプリンを平らげ、次のパンを選んだ。
『秋波さん。予鈴よ。そのくらいにしなさい』
机に向かって喋る先生の声を、スマホが拾う。その画面の時計は、確かに予鈴の時刻を表示していた。
私は渋々、残っているおやつを袋に戻し、リュックに押し込んだ。
残りは昼ご飯のあとにでも食べよう。
『あぁ、本当に情けないわ』
『明美ちゃん先生は何も悪くないよねー』
『オレもそう思う。彼氏にギャンブルは嫌い、って最初に言ってたんだろ?』
『言ったわ。あーあ。私、あの人とならって思ってたのに』
明美ちゃん先生的には結婚を考えていたということか。
何と言うか……ご愁傷様です、以外の言葉が浮かばない。
『はぁ。生徒の前で恥ずかしい』
『吐き出すのは大事だって。オレらでよければいつでも聞くから』
新が爽やかな笑顔で言う。
私はノートを持って教卓に近づき、先生の肩を叩いた。顔を上げた先生に、グイッとノートを近づける。
『元気出して。次はギャンブルしない人だったらいいね』
「ありがと」
先生が赤くなった鼻を啜って、そう言った。
先生は両頬を叩いて立ち上がると、教室を出て行った。
私は自分の席に戻って、机上のスマホを覗き込んだ。
『引き摺ってちゃダメよね。ちょっとトイレ行ってくるわ』
明美ちゃん先生のことは、心配にならないというと嘘になるが、私にできることは話を聞くことぐらいしかない。
どうにか立ち直ってもらえたらいいと思う。
スマホの時計が進み、本鈴の鳴る時間を示した。
小走りで戻ってきた明美ちゃん先生は、頭を抑えていた。
二日酔いの頭痛に、小走りが響いたのかもしれない。
だけどその顔は、さっきまでよりは晴れやかになっていた。
恋って、大変だな。
幸せなことばっかりじゃない。
辛いこともあって、嫌なこともある。
明美ちゃん先生みたいに、本当に好きだった人と、ちょっとしたことで別れることになることもある。
本人からしたら、些細なことではないのかもしれないけれど。
本当、恋愛って大変なんだなぁ、と他人事のように思い、教科書を開いた。