次の日、私はイマイチ授業に身が入らなかった。
なぜだか、一昨日屋上で会ったばかりの人が頭から離れなかった。
きっと、新と巴以外の生徒と初めて関わったからだろう。
チャイムが鳴り、2時間目の授業が終わったことを、気怠そうに明美ちゃん先生が教えてくれた。
教科書を片付け、次の授業の準備をしていると、新が私の机をノックした。私は机の中に入れていたスマホを出し、音声入力アプリを起動する。準備ができたことを知らせるために、スマホを机の上に置いた。
『嘉那、ずっとお腹鳴ってたな』
やっぱり聞こえていたか……。
恥ずかしいけど、もはや日常茶飯事過ぎて恥ずかしがるのも面倒になった。
私は自分のお腹に右の掌を当てる。そのまま手を下に滑らせるように動かし、最後は斜め前に出す。
空腹を伝える手話だ。私が初めて覚えた手話でもある。
新は苦笑して、『今日のおやつは?』と訊いてきた。
私はリュックの中から、ビニール袋を引っ張り出した。
袋に入っていたおやつを、机の上に並べるように出した。
『メロンパン。マフィン。ジャムパン。チョコパン。プリン。え、まだあんの?』
クリームメロンパンや、クレープ、たい焼きなど、袋の中身をすべて机の上に並べた。
どれから食べようか迷う。さすがにこの休み時間の間に、全部を食べ切るのは時間的に不可能だ。
『相変わらず胃袋ブラックホールだねー』
巴が私の机の上を見て、『お腹いっぱい』と言った。
食べてもいないのにお腹いっぱいだなんて、変なの。むしろ、食べ物を見ている方がお腹が空いてくるというのに。
いただきます、と手を合わせると、まずはメロンパンの袋を開けた。
サクッとしたクッキー生地に、中はしっとりふわふわのメロンパン。
『わー、みるみる消えて行くー』
『相変わらずいい食いっぷりだわ』
最初の頃こそ、2人は呆れたような、驚いたような顔で私が食べる姿を見ていた。今となってはもうそれが当たり前で、微笑ましそうな顔で見てくる。
私はマフィンとプリンを差し出してみる。食べる?
『いいよ。たんとお食べ』
『大きくなりなー』
では遠慮なく。私はパクッとメロンパンを口いっぱいに頬張った。
『ところで、なんで今日はそんなにおやつ多いんだ? いつもはもうちょっと少ないだろ? せいぜいメロンパンとマフィンとジャムパンと。チョコパン、プリンくらいまでじゃないか?』
新が不思議そうに首を傾げた。
その後ろから伸びてきた巴の手が、新の肩に乗った。
巴は呆れたように首を横に振っていた。
『新分かってないなー。今日は紅弥にお昼を誘われてるんだよ? 男の前で大食いなところを見せたくないって言う、乙女心でしょー?』
『あ、なるほど』
むぐっ。メロンパンが喉に詰まった。私は慌ててリュックから水筒を出し、喉にお茶を流し込んだ。
なるほどじゃないし、そんなじゃない。どうして巴は嬉々として恋愛に持ち込んでくるんだ。新も納得しないでほしい。
2人に対して心の中で文句を並べたてながら、きれいとは言い難い字でノートに殴り書きした。
『美味しそうなおやつが家にいっぱいあったから、選べなかっただけ!』
そのノートをグイグイと新の顔に近づける。
『近い近い近い。なんでオレに押し付けてくんの』
新のほうが近いから。
新はノートを掴み、顔から引き剥がして目を通した。
『だってさ、巴』
『うーん。隠そうとする乙女心?』
すぐ乙女心にする。否定するのももう疲れた。なんでもいいや。何とでも思ってくれ。
私はマフィンの包装を破いた。
『その紅弥って、屋上で会った人だったわよね?』
机の上のスマホが、新と巴以外の声を拾った。
明美ちゃん先生だ。
教卓に突っ伏して存在感を消していた明美ちゃん先生が、だるそうに頬杖をついていた。
私はこくりと頷いた。
『通常クラスの1年だよ。嘉那がデートに誘われたんだー』
巴はちょっと黙ってほしい。
『そうなの?』
明美ちゃん先生に訊かれ、首を横に振る。
『違うらしいわよ?』
『通常クラスの1年は本当。嘉那がお昼に誘われたって。優しいやつらしいよ』
新が改めて先生に説明してくれた。
明美ちゃん先生が、『そうなの?』と私を見た。今度は首を縦に振った。
『秋波さんの耳が聞こえないこと、知ってるの?』
私はまた頷いた。
『そう。まぁ、楽しんでいらっしゃい』
弱々しく笑った明美ちゃん先生は、ヒラヒラと手を振った。
素直に頷くのは気が引けた。
でも明美ちゃん先生が楽しんでと言ってくれたし……。
私は小さく、本当に小さく、顎を引く程度に頷くにとどめた。
『そういう明美ちゃん先生は何があったのー? 今日珍しく二日酔いだねー』
巴がズバッと聞いた。
お酒が大好きな明美ちゃん先生だけど、普段は二日酔いで学校に来ることはない。
下戸じゃないらしいけど、今回は悪酔いしたように見える。何か嫌なことでもあったのか、相当飲んだのだろう。
明美ちゃん先生は、また机に突っ伏してしまった。教卓に頭を打ったように見えたけど、痛くなかっただろうか。
『彼氏となんかあったとか?』
新がズバッと聞いた。
『新ー。デリカシー』
『え。ご、ごめん』
新が申し訳なさそうに謝っているけど、最初にデリカシーを捨てたのは巴だと思う。二日酔いの話題を出したは巴だ。
『首を突っ込んだからには、最後まで聞きなさいよ?』
顔を上げた明美ちゃん先生の目は、少し潤んでいた。
はたして、休み時間内に終わる話だろうか。
私はチョコパンの袋を開けた。
なぜだか、一昨日屋上で会ったばかりの人が頭から離れなかった。
きっと、新と巴以外の生徒と初めて関わったからだろう。
チャイムが鳴り、2時間目の授業が終わったことを、気怠そうに明美ちゃん先生が教えてくれた。
教科書を片付け、次の授業の準備をしていると、新が私の机をノックした。私は机の中に入れていたスマホを出し、音声入力アプリを起動する。準備ができたことを知らせるために、スマホを机の上に置いた。
『嘉那、ずっとお腹鳴ってたな』
やっぱり聞こえていたか……。
恥ずかしいけど、もはや日常茶飯事過ぎて恥ずかしがるのも面倒になった。
私は自分のお腹に右の掌を当てる。そのまま手を下に滑らせるように動かし、最後は斜め前に出す。
空腹を伝える手話だ。私が初めて覚えた手話でもある。
新は苦笑して、『今日のおやつは?』と訊いてきた。
私はリュックの中から、ビニール袋を引っ張り出した。
袋に入っていたおやつを、机の上に並べるように出した。
『メロンパン。マフィン。ジャムパン。チョコパン。プリン。え、まだあんの?』
クリームメロンパンや、クレープ、たい焼きなど、袋の中身をすべて机の上に並べた。
どれから食べようか迷う。さすがにこの休み時間の間に、全部を食べ切るのは時間的に不可能だ。
『相変わらず胃袋ブラックホールだねー』
巴が私の机の上を見て、『お腹いっぱい』と言った。
食べてもいないのにお腹いっぱいだなんて、変なの。むしろ、食べ物を見ている方がお腹が空いてくるというのに。
いただきます、と手を合わせると、まずはメロンパンの袋を開けた。
サクッとしたクッキー生地に、中はしっとりふわふわのメロンパン。
『わー、みるみる消えて行くー』
『相変わらずいい食いっぷりだわ』
最初の頃こそ、2人は呆れたような、驚いたような顔で私が食べる姿を見ていた。今となってはもうそれが当たり前で、微笑ましそうな顔で見てくる。
私はマフィンとプリンを差し出してみる。食べる?
『いいよ。たんとお食べ』
『大きくなりなー』
では遠慮なく。私はパクッとメロンパンを口いっぱいに頬張った。
『ところで、なんで今日はそんなにおやつ多いんだ? いつもはもうちょっと少ないだろ? せいぜいメロンパンとマフィンとジャムパンと。チョコパン、プリンくらいまでじゃないか?』
新が不思議そうに首を傾げた。
その後ろから伸びてきた巴の手が、新の肩に乗った。
巴は呆れたように首を横に振っていた。
『新分かってないなー。今日は紅弥にお昼を誘われてるんだよ? 男の前で大食いなところを見せたくないって言う、乙女心でしょー?』
『あ、なるほど』
むぐっ。メロンパンが喉に詰まった。私は慌ててリュックから水筒を出し、喉にお茶を流し込んだ。
なるほどじゃないし、そんなじゃない。どうして巴は嬉々として恋愛に持ち込んでくるんだ。新も納得しないでほしい。
2人に対して心の中で文句を並べたてながら、きれいとは言い難い字でノートに殴り書きした。
『美味しそうなおやつが家にいっぱいあったから、選べなかっただけ!』
そのノートをグイグイと新の顔に近づける。
『近い近い近い。なんでオレに押し付けてくんの』
新のほうが近いから。
新はノートを掴み、顔から引き剥がして目を通した。
『だってさ、巴』
『うーん。隠そうとする乙女心?』
すぐ乙女心にする。否定するのももう疲れた。なんでもいいや。何とでも思ってくれ。
私はマフィンの包装を破いた。
『その紅弥って、屋上で会った人だったわよね?』
机の上のスマホが、新と巴以外の声を拾った。
明美ちゃん先生だ。
教卓に突っ伏して存在感を消していた明美ちゃん先生が、だるそうに頬杖をついていた。
私はこくりと頷いた。
『通常クラスの1年だよ。嘉那がデートに誘われたんだー』
巴はちょっと黙ってほしい。
『そうなの?』
明美ちゃん先生に訊かれ、首を横に振る。
『違うらしいわよ?』
『通常クラスの1年は本当。嘉那がお昼に誘われたって。優しいやつらしいよ』
新が改めて先生に説明してくれた。
明美ちゃん先生が、『そうなの?』と私を見た。今度は首を縦に振った。
『秋波さんの耳が聞こえないこと、知ってるの?』
私はまた頷いた。
『そう。まぁ、楽しんでいらっしゃい』
弱々しく笑った明美ちゃん先生は、ヒラヒラと手を振った。
素直に頷くのは気が引けた。
でも明美ちゃん先生が楽しんでと言ってくれたし……。
私は小さく、本当に小さく、顎を引く程度に頷くにとどめた。
『そういう明美ちゃん先生は何があったのー? 今日珍しく二日酔いだねー』
巴がズバッと聞いた。
お酒が大好きな明美ちゃん先生だけど、普段は二日酔いで学校に来ることはない。
下戸じゃないらしいけど、今回は悪酔いしたように見える。何か嫌なことでもあったのか、相当飲んだのだろう。
明美ちゃん先生は、また机に突っ伏してしまった。教卓に頭を打ったように見えたけど、痛くなかっただろうか。
『彼氏となんかあったとか?』
新がズバッと聞いた。
『新ー。デリカシー』
『え。ご、ごめん』
新が申し訳なさそうに謝っているけど、最初にデリカシーを捨てたのは巴だと思う。二日酔いの話題を出したは巴だ。
『首を突っ込んだからには、最後まで聞きなさいよ?』
顔を上げた明美ちゃん先生の目は、少し潤んでいた。
はたして、休み時間内に終わる話だろうか。
私はチョコパンの袋を開けた。