中学までは聞こえていたと言ったけど、正確には、中学3年の夏までは、だ。
 その時までは普通に耳が聞こえていたし、声で会話もできていた。

『私の家は、たぶん、他の家より少し厳しかったと思う。でも、できたことには褒めてくれた』

 小学6年生の時、私は中学受験に成功した。
 べつに私立の学校に行きたかったわけではなかった。学校の友達に羨ましがられたセーラー服の青いスカーフになんて、これっぽっちも興味はなかった。
 両親が喜んでくれたから、それだけで満足だった。

『褒めてほしくて中学受験をした。褒めてほしくて成績上位をキープした。学年トップは当たり前だった。気が付いたら、褒めてもらえなくなっていて、たった1問の間違いに怒られるようになってた』

 それでも私の成績は常に学年1位だった。
 私は器用ではないから、部活と勉強を両立することはできないと思って、部活には入らなかった。
 学校では授業を聞いて、休み時間には宿題を終わらせて、家に帰ったら復習と予習。
 つまらない中学生活だった。

『3年になって、中学受験が近づいてきた。エスカレーターで高校に上がるものだと思っていたら、両親は違う進路を考えてて。四條高校って知ってる?』
『偏差値がえげつないとこ』

 椚君の言い方に、私はクスッと笑う。

『そう。両親の中では、その偏差値がえげつないとこに、私が通うことになってた』

 自分で言うのもなんだけど、私の学力だったら、その学校にも余裕で受かっていたと思う。
 でも中学受験の時みたく、やっぱりその高校には魅力を感じなかった。

『3年に入ってから少しして、よく耳鳴りがするようになった』

 受験へのストレスだと思た。
 余裕で受かると思っていても、落ちたらどうしよう、という恐怖のほうが大きかった。
 私が四條に落ちたら、両親は私に失望するかもしれない。必要なくなるかもしれない。捨てられるかもしれない。
 大袈裟かもしれないけど、あり得そうだとも思った。ひたすらに怖かった。

『勉強に身が入らなくなって、初めて学年順位を落とした』

 それでも2位だった。

 ――『この数字は何かしら?』

 成績表を前にして、母は私に温度のない目を向けた。

 ――『私が怠けた結果です』

 そう答えるほかに、言葉が見つからなかった。

『母は『この結果に満足してるの?』って言った。『今年受験生よ? 分かってる?』って。『あなたはいい高校に行くのよ?』って』

 そうなの? 私いい高校に行くの? なんて思っていた時期はとうに過ぎていて。
 その時の私は、分かってますよ、いい高校に行きますよ。なんて考えていた。
 だけど、いい高校が何なのか分からなくなった。

『偏差値が高いところがいい高校? 校舎や設備がきれいな場所? 部活が盛ん? 進学率? 就職率? いい高校ってなんだろう。少なくとも私は、四條に興味ないのに、って思った』

 思ったけど、言い返せはしなかった。
 期待は嬉しいけど、過度な期待は重かった。
 期待に応えて学年トップをとっても、それが当たり前になってしまっているから、褒めてもくれなくなった。
 モチベーションなんてどこにもなかった。
 自分のために、と言われても、私はもう充分満足していた。

 その間も、ずっと耳鳴りがうるさかった。モスキート音のような甲高い音が邪魔だった。
 それがさらに私のストレスになっていた。

『三者面談があった。担任の先生は、私にどこの高校に行きたいのか聞いた。このままエスカレーターで系列の高校に入るのか、それとも外部を受験するのか。私が答える前に、母が答えた。『四條高校を考えています』って、そう言った』

 先生も、私の成績なら行けるだろうと言った。
 だけどそれは母の意見だったから、先生は改めて私に問うた。

 ――『秋波さんはどう考えていますか?』

 ずっと他人事のように聞いていた話が、突然自分事になった。
 周りは夢を追って高校を探す人や、とくに夢はないけど、友達とまだ一緒にいたいからエスカレーターで高校に上がると決めている人もいた。
 私は何かしたいことがあるわけでも、将来の夢もなく、ずっと一緒にいたいほど仲良しな友達もいなかった。
 何もない私は、他の高校に行きたいとも、エスカレーターで系列の高校に行きたいとも言えなかった。

『私は四條に興味なかったけど、じゃあどこに行きたいのかって訊かれても、答えられる学校はなかった。ずっと、私は四條に行くんだなぁって、他人事みたいに思ってたから』

 先生は、まだ時間はあるしこれから学校見学に行って考えてもいい、と言ってくれた。
 その声すらうるさかった。

『先生と母の間に挟まれて、でも上手く頭が回らなくて、耳鳴りがうるさくて、2人の声がうるさくて。私は、うるさい! って叫んだ』

 自分で自分の声に焦った。
 これまで我慢してきたのに、自分で台無しにしないでよ。
 両親を怒らせないように気を付けていたのに、そんなこと言わないでよ!

 そんなことを思っても、もう遅くて。飛び出した言葉は引っ込みがつかなくて。
 私は初めて母に喧嘩を売った。

『私は今の成績にも満足してる。四條に興味なんてない。そんなに行きたいならあんたが行けよ。私は絶対に四條には行かない。……学校なのも忘れて怒鳴った』

 今思えば恥ずかしい。
 廊下にいた次のクラスメイトと親御さんにも筒抜けだっただろう。なんなら隣の教室まで聞こえていたかもしれない。
 母は鬼の形相で私を睨みつけていた。
 先生はなんとか私たちを宥め、さっさと三者面談を終わらせた。

『家に帰って、呼び出された。三者面談のあれはどういうつもりだって。父にもその話がいってて、家族会議みたいな状況になった』

 母は、『あなたの将来を考えて四條を提案したのよ』と言った。
 決めたのは私だと言いたげに。
 確かに反論しなかった私も私だけど、行くなんて一言も言ったことはない。
 そもそも『あなたは四條に行くのよ』という言い方をしていたくせに、今更、提案だなんて言葉を使わないでほしいと思った。

『四條に行かないとはどういうことだ、って。あんなに勉強していたのに、それを無駄にするのかって。私だけが責められた』

 私が口を挟む隙も与えてくれなかった。
 うるさくてたまらなかった。
 頭が痛くなった。
 ジーっという耳鳴りが止まらなくて、耳を塞ぎたくなった。

『心の底から両親の声を聞きたくないと思った。『私は四條には行きたくない! 行かない! そんなに行きたければ自分が行けばいい! もう私に押し付けないで! 期待しないで! 私は2人に頑張ったねって、褒めて欲しかっただけなのに!』みたいなことを言った。あんまりはっきり覚えてないけど。最後に八つ当たりしたことだけは覚えてる』

 褒めて欲しかったなんて、小さな子どものわがままみたいことを言った。
 両親は私に、ちゃんと話を聞きなさいと言った。

『これ以上何も聞きたくなくて、耳鳴りがうるさくて。『2人ともうるさいよ!』って叫んで、自分の部屋にこもった』

 普段はかけることを許されていない部屋の鍵をかけ、外で怒っている声を無視してベッドにもぐりこんだ。
 初めての反抗に、心臓が脈打つたびに血液と一緒に、不安や恐怖まで体中に送られている気がした。

 もう全部聞こえなくなればいいと、心の底から願った。
 お願いだから、ここから私を解放して。
 お願いだから、神様。
 私の聴力を全部あげるから。何も聞かなくていいようにしてください。 

『静かな部屋で、耳鳴りだけがうるさかった。お願いだから静かにして。もう何も聞こえなくなればいい。本気で願った。そうすれば絶対叶うって、変な確信すらあった。そのまま、いつの間にか眠りについて――』

 ずっと存在するかも分からない神様に祈りながら眠った。

 起きた時には部屋は真っ暗だった。
 まだ夜なのかと思ったけど、それは私が毛布を頭まで被っていたからで。
 その毛布をどけると、眩しいくらいに明るかった。
 遮光カーテンを閉めていなかったせいで、窓から朝日が差し込んでいた。
 それはそれは静かな朝だった。

『起きたら朝で、時間を確認して目覚まし時計を見たら、もう学校に遅刻する時間だった。でも、目覚ましが鳴ったことに気付かなかった』

 時々目覚ましのセットができない時があるから、また忘れたのかもしれないと思った。

『でも目覚ましのセットはちゃんとできていて、鳴ってはいたはずだった』

 機会が苦手だし、壊してしまったのかもしれないと焦った。
 昨日の今日で、新しい目覚ましを強請るのは難しそうだ。なんて寝起きの頭で考えていた。

『母はまだ怒ってるかなって思って、私は音を立てないようにしながら部屋を出た。洗面所で顔を洗って……。その時に気付いたの』

 顔を洗うために水を出した。
 手に水をためて顔にかけた。
 私の手はそこで止まった。

『水の音がしなかった。水道から出ている水の音も、手から零れた水が洗面台を叩く音も聞こえなかった』

 洗面台に備え付けられている鏡には、戸惑っている自分の顔が映っていた。

『リビングに行って、母が見ていたテレビの音量を馬鹿みたいにあげた。20でも、30でも、40でも。ニュースを伝えるアナウンサーの声が聞こえてこなかった』

 母にリモコンを奪い取られ、怒りの形相で何か言われた。
 大方、何やってるの、とか言われていたんだと思う。

『あぁ、本当に耳が聞こえなくなったんだって。他人事みたいに思った』

 神様って本当にいるのかもしれないと思った。
 私の聴力を全部持っていってくれたんだと思った。
 身動きの取れなくなっていた私を助けてくれたんだと思った。

 両親がすぐに私を病院に連れて行った。
 突発性の難聴と言われ、母は明らかに動揺していた。
 医者に噛みつくように話していたけど、私には何も聞こえなかった。

 医者によると、私の耳がどうして聞こえなくなったのかは、よく分からないのだとか。
 ストレスかもしれないし、他に原因があるのかもしれない。
 大きな病院で検査をしても、原因ははっきりしなかった。
 聴力が戻るのかすらも、分からなかった。

 音が聞こえなくなったから、自分の声で話すのもやめた。

『今までどおりに授業を受けるのが難しくなった。両親が自分たちを責めて、家の中が暗くなった。見かねた祖父母が私を預かってくれることになって、私は両親と距離を置くことになった』

 中途半端な時期ではあったけど、私は祖父母の家から近い、公立の中学校に転校した。
 だけどあまり学校には行かなかった。行ったとしても、保健室登校ばかりで、教室に入ったことはない。

『私はたしかにあの家から解放された。その代わりのように、たくさんの人に迷惑をかけるようになった。褒められるどころか、腫れもの扱い。だけど、耳が聞こえなくなったことを後悔したことはなかった』