数分ほど待っていると、明美ちゃん先生が教室の外に目をやった。
釣られて視線を移すと、廊下に椚君が立っていた。
いつも通りの制服姿にブランケットをしっかり羽織り、今日はマフラーまで巻いていた。
今日は文化祭日和の秋晴れだが、椚君には寒いらしい。
椚君の口が動くのが見え、机の上にあった明美ちゃん先生のスマホを見下ろした。
『失礼します。秋波を迎えに来ました』
『あなたが椚くんね』
『はい。1年2組の椚紅弥と言います。秋波には仲良くしてもらってます。佐藤先輩と三木先輩にもお世話になってます』
椚君は、背筋を伸ばして丁寧にあいさつした。
表情が硬いところを見ると、先生に緊張しているらしい。
『ふふ。そんなにかしこまらなくていいわよ。私もここの教師だし。まぁ、普段会うことはないでしょうけど。私は港明美よ。よろしくね』
明美ちゃん先生は優しく微笑み、椚君の緊張を解こうとしていた。先生の微笑みに、椚君の肩から少し力が抜けたのが分かった。
『椚くんは、クラスのほうは大丈夫なの? お店番とか』
『おれは秋波と回るために、道具作りとか、裏方で頑張ったんで』
私と回るために、という言葉に目を丸くする。そんな話は聞いたことなかった。
私のために時間を作ろうとしたのだと思うと、顔が熱くなった。
『あ、でも。軽音部なんで、ちょっと傍にいれない時間はあるんですけど……』
『そうなのね。何はともあれ、今日は秋波さんをよろしくね。何かあったら、私は茶室にいると思うから』
『あ、その着物茶道部の』
『正解。それじゃあ、私はそろそろ行くわね。秋波さんも椚くんも、文化祭楽しんでね』
目が合った明美ちゃん先生に頷く。
先生は教室を出て行く間際、椚君に何か言っていた。机の上にあった先生のスマホは、当然先生が持って行ったから、何と言ったのかは分からなかった。
先生と入れ違いに教室に入ってきた椚君に、さっき先生が何と言っていたのか訊ねる。
椚君は自分のスマホをブレザーのポケットから出し、少し操作してから私に見えるように持った。
『よかったら茶道部にも来てね、って』
椚君は机の前にしゃがんで、私と目線を合わせた。
『気になった?』
途端に恥ずかしくなって、視線を逸らした。
些細なことが気になったなんて、子どもっぽいと思われたかもしれない。
椚君は私の顔に手を伸ばしてきた。驚いて視線を戻すと、彼はスマホを少しだけ私に近づけてきた。
『ごめん、意地悪言った。気になることあったら、いつでも聞いていいから。ちゃんと答えるから』
椚君は、私を安心させるように笑った。
考えていることが見透かされているようで、穴があったら入りたい気分だった。
『そろそろ行こっか。秋波はどこか行きたい場所ある?』
椚君は話題を変えた。
まるでこれ以上、私を恥ずかしくさせないようにしたみたいだった。
今日の椚君には、心の内が全部筒抜けになっている気がして落ち着かない。
私は自分の気持ちを隠すように、下を向いた。
開いたままのノートのページを戻り、椚君が見やすいようにノートを180度回転させ、行きたい場所リストを指さした。
『団子、パフェ喫茶、クレープ、お化け屋敷、軽音部のライブ、茶道部』
椚君が持つスマホに、読み上げられたリストが入力されていく。
こうやって見ると、食べ物か椚君に関係するものしかない。
もちろん、これ全部回れるとは思っていない。椚君の行きたい場所もあるだろうから。
私はノートを自分のほうに向け、空いているスペースに書き込む。
『椚君はどこか行きたい場所あるの?』
『んー。茶道部誘われたし、行きたいかな。軽音部って、おれが出るライブでいいんだよね』
私は首を縦に振る。
椚君は、はにかんで『気合入れてがんばろ』と言った。
『ライブの動画撮ってもいい? 上手く撮れるかは分からないけど』
『あぁ、先輩たちに頼まれてたやつだよね』
よく覚えているな。
椚君はクスクスと笑って、頷いた。
『いいよ。撮って。あと、団子屋はおれも気になってたから、行きたい』
椚君は机の上にあった「文化祭の栞」を指さす。見ていい? と言いたいのだろう。私はこくりと頷いた。
栞を最後のページから捲り、地図を出した。
『まずはどこから行こうか。ここから一番近いのはパフェ喫茶だね。3年1組。1階だ』
私は数回頷く。
とりあえず、お腹空いた。
『じゃあ、そろそろ行こっか。あ、その前に金券買わないとね』
金券ってなんだろう。
よくわからずに首を傾げると、文化祭で使えるお金だと教えてくれた。
現金で金券を買い、実際の出し物ではその金券を使って買い物をするのだそう。
『金券は、どこで?』
『会議室知ってる? 本校舎の一番端にあるんだけど』
学校案内の時に、一度だけ通ったことがある気がする。
『そこで当日の金券販売やってるよ。そこ寄ってからパフェ食べに行こう』
椚君が立ち上がり、私も席を立った。
ノートやら栞やらをリュックに詰める。
教科書や宿題が入っていない分、いつもより軽いリュックを背負って教室を出た。
釣られて視線を移すと、廊下に椚君が立っていた。
いつも通りの制服姿にブランケットをしっかり羽織り、今日はマフラーまで巻いていた。
今日は文化祭日和の秋晴れだが、椚君には寒いらしい。
椚君の口が動くのが見え、机の上にあった明美ちゃん先生のスマホを見下ろした。
『失礼します。秋波を迎えに来ました』
『あなたが椚くんね』
『はい。1年2組の椚紅弥と言います。秋波には仲良くしてもらってます。佐藤先輩と三木先輩にもお世話になってます』
椚君は、背筋を伸ばして丁寧にあいさつした。
表情が硬いところを見ると、先生に緊張しているらしい。
『ふふ。そんなにかしこまらなくていいわよ。私もここの教師だし。まぁ、普段会うことはないでしょうけど。私は港明美よ。よろしくね』
明美ちゃん先生は優しく微笑み、椚君の緊張を解こうとしていた。先生の微笑みに、椚君の肩から少し力が抜けたのが分かった。
『椚くんは、クラスのほうは大丈夫なの? お店番とか』
『おれは秋波と回るために、道具作りとか、裏方で頑張ったんで』
私と回るために、という言葉に目を丸くする。そんな話は聞いたことなかった。
私のために時間を作ろうとしたのだと思うと、顔が熱くなった。
『あ、でも。軽音部なんで、ちょっと傍にいれない時間はあるんですけど……』
『そうなのね。何はともあれ、今日は秋波さんをよろしくね。何かあったら、私は茶室にいると思うから』
『あ、その着物茶道部の』
『正解。それじゃあ、私はそろそろ行くわね。秋波さんも椚くんも、文化祭楽しんでね』
目が合った明美ちゃん先生に頷く。
先生は教室を出て行く間際、椚君に何か言っていた。机の上にあった先生のスマホは、当然先生が持って行ったから、何と言ったのかは分からなかった。
先生と入れ違いに教室に入ってきた椚君に、さっき先生が何と言っていたのか訊ねる。
椚君は自分のスマホをブレザーのポケットから出し、少し操作してから私に見えるように持った。
『よかったら茶道部にも来てね、って』
椚君は机の前にしゃがんで、私と目線を合わせた。
『気になった?』
途端に恥ずかしくなって、視線を逸らした。
些細なことが気になったなんて、子どもっぽいと思われたかもしれない。
椚君は私の顔に手を伸ばしてきた。驚いて視線を戻すと、彼はスマホを少しだけ私に近づけてきた。
『ごめん、意地悪言った。気になることあったら、いつでも聞いていいから。ちゃんと答えるから』
椚君は、私を安心させるように笑った。
考えていることが見透かされているようで、穴があったら入りたい気分だった。
『そろそろ行こっか。秋波はどこか行きたい場所ある?』
椚君は話題を変えた。
まるでこれ以上、私を恥ずかしくさせないようにしたみたいだった。
今日の椚君には、心の内が全部筒抜けになっている気がして落ち着かない。
私は自分の気持ちを隠すように、下を向いた。
開いたままのノートのページを戻り、椚君が見やすいようにノートを180度回転させ、行きたい場所リストを指さした。
『団子、パフェ喫茶、クレープ、お化け屋敷、軽音部のライブ、茶道部』
椚君が持つスマホに、読み上げられたリストが入力されていく。
こうやって見ると、食べ物か椚君に関係するものしかない。
もちろん、これ全部回れるとは思っていない。椚君の行きたい場所もあるだろうから。
私はノートを自分のほうに向け、空いているスペースに書き込む。
『椚君はどこか行きたい場所あるの?』
『んー。茶道部誘われたし、行きたいかな。軽音部って、おれが出るライブでいいんだよね』
私は首を縦に振る。
椚君は、はにかんで『気合入れてがんばろ』と言った。
『ライブの動画撮ってもいい? 上手く撮れるかは分からないけど』
『あぁ、先輩たちに頼まれてたやつだよね』
よく覚えているな。
椚君はクスクスと笑って、頷いた。
『いいよ。撮って。あと、団子屋はおれも気になってたから、行きたい』
椚君は机の上にあった「文化祭の栞」を指さす。見ていい? と言いたいのだろう。私はこくりと頷いた。
栞を最後のページから捲り、地図を出した。
『まずはどこから行こうか。ここから一番近いのはパフェ喫茶だね。3年1組。1階だ』
私は数回頷く。
とりあえず、お腹空いた。
『じゃあ、そろそろ行こっか。あ、その前に金券買わないとね』
金券ってなんだろう。
よくわからずに首を傾げると、文化祭で使えるお金だと教えてくれた。
現金で金券を買い、実際の出し物ではその金券を使って買い物をするのだそう。
『金券は、どこで?』
『会議室知ってる? 本校舎の一番端にあるんだけど』
学校案内の時に、一度だけ通ったことがある気がする。
『そこで当日の金券販売やってるよ。そこ寄ってからパフェ食べに行こう』
椚君が立ち上がり、私も席を立った。
ノートやら栞やらをリュックに詰める。
教科書や宿題が入っていない分、いつもより軽いリュックを背負って教室を出た。