私たちの授業は、新と巴、私と明美ちゃん先生に分かれることが多い。
新と巴は、通常クラスの授業をリモートで見ている。2人で1台のタブレットを覗き込んで、授業を受ける形だ。
巴は休みがちなこともあるから、大抵は頭にハテナマークを浮かべている。今もそうだ。
新は対照的に、しっかり授業を聞いて、理解したように時々頷いている。
通常クラスで授業を受けるよりは、特別クラスでの授業のほうがどうしても遅れがちになってしまう。だけどそこを努力で補えるのが新だ。
たしか、1学期は学年上位に入っていたはず。
お兄ちゃん気質な新は、下から数えた方が早い巴の勉強を見ることが多い。
夏休み中に終わらなかった巴の宿題を、休み時間を潰してまで教えていた。
私の宿題も時々手伝ってくれる。
私はと言えば、通常クラスの授業風景はタブレットで見るけど、板書のためだけに見ている感じ。
黒板の前に立って動いてくれない先生を、タブレット越しに睨みつける。
一向に動いてくれる気配がない……。これでは黒板が見えないではないか。
明美ちゃん先生を見ると、苦笑いを返された。
スマホの音声入力アプリを使って、授業内容を聞くという手もある。しかしその方法では、新や巴が話した時や、2人が見ているタブレットから流れてくる声も拾ってしまうから、ごちゃごちゃになるのだ。
結局、動画を見ながら板書をし、明美ちゃん先生が授業をしている先生の言葉を、パソコンに打ち込んでくれるやり方が一番いい。
すべてを文字にしてくれているわけではないと思うけど、それでも十分ありがたい。
明美ちゃん先生の、すこぶる早いタイピングにはとてもお世話になっている。
***
5時間目と6時間目を乗り切れば、部活に入っていない私たちは帰宅する。
『3人ともさようなら』
起動していた音声入力アプリに、先生の言葉が入力された。
『さよーならー』
『さよならー』
新と巴の声も文字化された。
私は口パクで「さようなら」と言った。
私は自分のリュックを背負い、新の車椅子の後ろに立つ。
車椅子のストッパーをはずしていると、新が巴に向かって腕を広げた。
巴は新の足の上に、スクールバックを置いた。
新は自分のリュックと一緒に、大事そうに鞄を抱えた。
私は新の車椅子を押して廊下に出る。
見送ってくれる明美ちゃん先生に手を振り、巴の歩く速度に合わせて廊下を歩いた。
時々、物珍しさで見てくる人の視線を感じるけど、私たちは特に気にしない。もう慣れた。
新や巴の友人なのか、手を振っていく人もチラホラいた。
2人は笑顔で手を振り返しながら、何か言っていた。たぶん、「バイバイ」とかそんなことだと思う。
校門を出ると、2台の車が止まっていた。
青い車が新の家の車で、グレーが巴の家の車。
その車の外で、2人の女性が談笑していた。
新と巴のママさんたちだ。
新ママと巴ママは、私たちに気が付いて近づいてきた。
「みんなおかえり」
2人が、私にも分かるように大きく口を動かしながら声を掛けてきた。
いつもと同じ、もうすっかり見慣れた口の動きだ。
手に持っていたスマホにも、『みんなおかえり』と入力されていた。
巴ママが、新から巴のスクールバッグを受け取る。
新と何か話していたが、私は新ママに肩を叩かれて視線を外した。
私は新ママに会釈をして、車椅子から離れた。
「ありがとう」
新ママがそう口を動かした。
私はこくりと頷て微笑んだ。
特に会話をすることなく、私は見送ってくれる4人に手を振り、家に足を向けた。
***
私の家は、学校から歩いて15分ほど。私の家といっても、実家ではなくて母方の祖父母の家だけど。
自転車だともっと早いが、音が聞こえないのは危ないから、と自転車は禁止されている。
不便だけど仕方ない。事故をして人様に迷惑をかけるよりマシだ。
年期の入った祖父母の家の門扉は、かなりサビていて開けにくい。
本当は甲高い音がなるはずだけど、その音を聞かなくていいのはちょっと嬉しい。
玄関を開けると、靴を履く祖父がいた。
これから日課の散歩に行くのだろう。
「おかえり」
私に気付いた祖父が、顔を上げて言った。
祖父は立ち上がると、私と入れ替わるように外に出て行った。
すれ違い際に、私の肩に軽く手を置いたのは、きっと「行ってくる」の意味だろう。
私は家に入ると、手洗いを済ませてからリビングに入り、ソファでテレビを見ていた祖母の肩を叩いた。
祖母は私が帰ってきたことに気付くと、ソファに置いていたメモ帳を開いた。
流れるような滑らかな動きで字を書いた。最初はこの崩し字が上手く読めなかったのだけど、慣れると問題なく読めるようになった。
『おかえり。すぐにご飯の用意するわね』
私が頷くと、祖母はニコッと笑ってソファから立ち上がった。
祖母がキッチンに行くのを見届けると、一度、2階にある自分の部屋に行った。
服を着替え、宿題を持ってリビングに戻った。
自分の部屋で勉強をしていると、晩ご飯ができた時に呼びに来てもらうことになる。だけど、この家の階段は、段差が高くて急だから、2人には少し危ない。もし階段から落ちていたとしても、私では気付けないから、普段はリビングで過ごすようにしている。
宿題に加えて補習プリントを広げていると、視界の端にグラスが見えた。
祖母が麦茶を持って来てくれたようだ。
『ありがとう』
プリントの端にお礼を書いて見せると、祖母はグーにした手を、ぎこちなく前後に動かした。
頑張って、という手話だ。
私は微笑んで頷くと、古文の書き写しから始めた。
新と巴は、通常クラスの授業をリモートで見ている。2人で1台のタブレットを覗き込んで、授業を受ける形だ。
巴は休みがちなこともあるから、大抵は頭にハテナマークを浮かべている。今もそうだ。
新は対照的に、しっかり授業を聞いて、理解したように時々頷いている。
通常クラスで授業を受けるよりは、特別クラスでの授業のほうがどうしても遅れがちになってしまう。だけどそこを努力で補えるのが新だ。
たしか、1学期は学年上位に入っていたはず。
お兄ちゃん気質な新は、下から数えた方が早い巴の勉強を見ることが多い。
夏休み中に終わらなかった巴の宿題を、休み時間を潰してまで教えていた。
私の宿題も時々手伝ってくれる。
私はと言えば、通常クラスの授業風景はタブレットで見るけど、板書のためだけに見ている感じ。
黒板の前に立って動いてくれない先生を、タブレット越しに睨みつける。
一向に動いてくれる気配がない……。これでは黒板が見えないではないか。
明美ちゃん先生を見ると、苦笑いを返された。
スマホの音声入力アプリを使って、授業内容を聞くという手もある。しかしその方法では、新や巴が話した時や、2人が見ているタブレットから流れてくる声も拾ってしまうから、ごちゃごちゃになるのだ。
結局、動画を見ながら板書をし、明美ちゃん先生が授業をしている先生の言葉を、パソコンに打ち込んでくれるやり方が一番いい。
すべてを文字にしてくれているわけではないと思うけど、それでも十分ありがたい。
明美ちゃん先生の、すこぶる早いタイピングにはとてもお世話になっている。
***
5時間目と6時間目を乗り切れば、部活に入っていない私たちは帰宅する。
『3人ともさようなら』
起動していた音声入力アプリに、先生の言葉が入力された。
『さよーならー』
『さよならー』
新と巴の声も文字化された。
私は口パクで「さようなら」と言った。
私は自分のリュックを背負い、新の車椅子の後ろに立つ。
車椅子のストッパーをはずしていると、新が巴に向かって腕を広げた。
巴は新の足の上に、スクールバックを置いた。
新は自分のリュックと一緒に、大事そうに鞄を抱えた。
私は新の車椅子を押して廊下に出る。
見送ってくれる明美ちゃん先生に手を振り、巴の歩く速度に合わせて廊下を歩いた。
時々、物珍しさで見てくる人の視線を感じるけど、私たちは特に気にしない。もう慣れた。
新や巴の友人なのか、手を振っていく人もチラホラいた。
2人は笑顔で手を振り返しながら、何か言っていた。たぶん、「バイバイ」とかそんなことだと思う。
校門を出ると、2台の車が止まっていた。
青い車が新の家の車で、グレーが巴の家の車。
その車の外で、2人の女性が談笑していた。
新と巴のママさんたちだ。
新ママと巴ママは、私たちに気が付いて近づいてきた。
「みんなおかえり」
2人が、私にも分かるように大きく口を動かしながら声を掛けてきた。
いつもと同じ、もうすっかり見慣れた口の動きだ。
手に持っていたスマホにも、『みんなおかえり』と入力されていた。
巴ママが、新から巴のスクールバッグを受け取る。
新と何か話していたが、私は新ママに肩を叩かれて視線を外した。
私は新ママに会釈をして、車椅子から離れた。
「ありがとう」
新ママがそう口を動かした。
私はこくりと頷て微笑んだ。
特に会話をすることなく、私は見送ってくれる4人に手を振り、家に足を向けた。
***
私の家は、学校から歩いて15分ほど。私の家といっても、実家ではなくて母方の祖父母の家だけど。
自転車だともっと早いが、音が聞こえないのは危ないから、と自転車は禁止されている。
不便だけど仕方ない。事故をして人様に迷惑をかけるよりマシだ。
年期の入った祖父母の家の門扉は、かなりサビていて開けにくい。
本当は甲高い音がなるはずだけど、その音を聞かなくていいのはちょっと嬉しい。
玄関を開けると、靴を履く祖父がいた。
これから日課の散歩に行くのだろう。
「おかえり」
私に気付いた祖父が、顔を上げて言った。
祖父は立ち上がると、私と入れ替わるように外に出て行った。
すれ違い際に、私の肩に軽く手を置いたのは、きっと「行ってくる」の意味だろう。
私は家に入ると、手洗いを済ませてからリビングに入り、ソファでテレビを見ていた祖母の肩を叩いた。
祖母は私が帰ってきたことに気付くと、ソファに置いていたメモ帳を開いた。
流れるような滑らかな動きで字を書いた。最初はこの崩し字が上手く読めなかったのだけど、慣れると問題なく読めるようになった。
『おかえり。すぐにご飯の用意するわね』
私が頷くと、祖母はニコッと笑ってソファから立ち上がった。
祖母がキッチンに行くのを見届けると、一度、2階にある自分の部屋に行った。
服を着替え、宿題を持ってリビングに戻った。
自分の部屋で勉強をしていると、晩ご飯ができた時に呼びに来てもらうことになる。だけど、この家の階段は、段差が高くて急だから、2人には少し危ない。もし階段から落ちていたとしても、私では気付けないから、普段はリビングで過ごすようにしている。
宿題に加えて補習プリントを広げていると、視界の端にグラスが見えた。
祖母が麦茶を持って来てくれたようだ。
『ありがとう』
プリントの端にお礼を書いて見せると、祖母はグーにした手を、ぎこちなく前後に動かした。
頑張って、という手話だ。
私は微笑んで頷くと、古文の書き写しから始めた。