『先生、巴の病院教えてください』

 巴が倒れてから、1週間が経った。
 最近は、メッセージアプリに巴からの返事も流れて来るようになったから、お見舞いに行っても大丈夫かなと思った。
 教卓に置いた私のスマホが、明美ちゃん先生の声を拾って文字にしてくれる。

『ダメよー。と言いたいとこだけど、訊かれたら病院を教えていいって、佐藤くんの親御さんにも言われてるのよね』

 明美ちゃん先生は私のノートに、病院名と病室を書いてくれた。

『ありがとうございます』
『1人で行くの?』

 首を縦に振ると、明美ちゃん先生は「そっか」と口を動かした。

『そっか。じゃあ、佐藤くんによろしく言っといて』

 ニコッと笑う明美ちゃん先生に頷く。
 自分の席に着くと、今のやり取りを見ていた新が机をノックしてきた。

『オレの分もよろしく。さっさと戻って来いって言っといて』

 新はメッセージでも巴とやり取りしてるのに。
 本当は新も、巴のお見舞いに行きたと思っているのだろう。
 私は新の机にノートを置き、空いているスペースを突いた。ここに書いておけば、それを巴に見せられる。

『あぁ、なるほど。よし、長文で罵倒を書いておこう』

 人のノートに何書こうとしてるんだ。
 新は含みのある笑みを浮かべながら、ノートにペンを走らせた。

『よし、できた。これでよろしく』

 戻ってきたノートを見る。

『さっさと帰って来いよ! でないとつまんないだろ。早く勉強に頭抱える巴が見たい!』

 罵倒は書かれてなくてほっとした。

『これ目の前に突き付けてきて』

 了解した。新に敬礼をして、命を承った。

 私は新に頼んで、巴の病院の場所を検索してもらった。
 ここから歩きで行ける場所ではなさそうだ。自転車なら行ける距離だけど、私は自転車に乗れない。となると、電車で行くしかなさそうだ。最寄りの駅からはバスが出ているらしい。
 私は病院までの行き方をノートにメモした。
 お見舞いの品はどうしようかと悩んでいると、机の上のスマホが文字を入力し始めた。声の主は明美ちゃん先生だった。

『お見舞いの品に、持って行って欲しいものがあるんだけど、頼めるかしら?』

 持って行って欲しいものって、なんだろう。

『今日の帰りまでに用意しておくわ』

 不思議に思いつつ、顔を上げて頷いた。

***

 放課後になって、明美ちゃん先生は私に封筒を差し出した。A4サイズほどの茶封筒だ。
 封筒には何も書かれていなくて、ただ厳重にテープで封がされている。

『それ、試験の結果とか入ってるから、開けないでね。個人情報だから。まぁ秋波さんなら勝手に見たりしないでしょう』

 私が勝手に見たとしても、巴はたぶん怒らない。いや、見ないけど。
 明美ちゃん先生から封筒を受け取り、リュックの中にシワにならないように入れた。

『行ってきます』
『このまま行くの?』

 新に手伝ってもらってメールをして、祖父母からの許可は取っている。
 頷くと、明美ちゃん先生は心配そうな顔になった。

『電車でしょ? お金はある? 車や自転車には気を付けてね』
『大丈夫です。お金も持ってます。気を付けます』
『先生も一緒に行ったほうがいいかしら』
『大丈夫です。ちゃんとお土産渡してきます』
『そう。よろしくね。何かあったら電話するのよ。話せなくてもいいから。メッセージでもいいわ』

 お母さん……。
 明美ちゃん先生の心配性に若干引いていると、新が代わりに先生を宥めてくれた。

『可愛い子には旅をさせよ、だよ。明美ちゃん先生』

 まるで母を宥める兄。

『私ったら、心配性ね』

 泣き真似をする明美ちゃん先生の背中を、新が優しくさすっている。
 これはもしかして、茶番劇が始まっているのでは?

 私は右手を挙げて左右に振り、「さようなら」の手話をした。いわゆる、バイバイと同じ動きだ。
 私は新の車椅子を押し、強制的に茶番劇を終わらせた。
 新が明美ちゃん先生に手を振っている。
 先生の反応は分からないけれど、新が持っていた私のスマホに、『また明日』と文字が入力されていた。

『ちゃんと、さっきのノート見せてくれな?』

 新が私のスマホを見せながら言った。
 私は新の顔の前で、親指を立てた。
 ちゃんと伝えて来るよ、任せて。

 校門の前で待っていた新ママに、新をお返しする。いつものように「ありがとう」と口を動かした新ママに微笑む。
 新にスマホを返してもらい、見送ってくれる2人に手を振った。
 いつもと違う、駅までの道を歩いた。