*
たこ焼きを買って、俺たちは人混みから少し離れた石垣に腰を落ち着かせた。近くの生垣の枝に吊るした金魚は、元気そうに狭い水の中を泳いでいる。
目の前の歩道を、祭り帰りの小さな子どもがカラコロと下駄を転がしながら通っていった。手には綿あめの入ったパンパンに膨れた袋を持ち、母親に笑顔を向ける微笑ましい光景を眺めながら、俺の心はさっきから晴れやかに、けれどもとくとくと高鳴っていた。
肇の言葉が、すごく嬉しかった。
同性愛者について話す機会なんてなかったし、自分からは怖くて話題にできなかったから、肇がそのことについてどう考えているのかなんて知らなかった。
だから、さっきの肇の言葉で少なくとも嫌悪してはいないことが知れて嬉しかったし、心の底から安堵した。
さっき、横山とかいうやつにからかわれた時、そういう目で見られることを肇が嫌がるんじゃないかって思ったから俺は焦って手を離そうとしたんだ。もし、横山と同じような嫌悪と侮蔑の目を肇から向けられたら、きっと立ち直れないと思ったから。でも違った。それがなにより嬉しい。
「肇があんなに怒るの、珍しいな。びびったわ」
「……な、なんか、ごめん。ついカッとなって……」
「スカッとした。……その、俺も肇と同意見っつーか……あの横山ってやつにはむかついたから」
なんせ当事者ですから、とは口が裂けても言えない自分を自嘲しながら俺は、買ってきたたこ焼きを膝の上に取り出した。プラスチックの蓋が開くとソースと鰹節のいい香りが食欲をそそる。
「ごめん、俺がこんなところで手なんか繋いだせいで」
「俺は別に気にしてないから。それより、ちゃんと話さなくてよかったのか? 横山とは友達なんだろ?」
「あんなやつ、もう知らない。俺は……颯太がいてくれれば、それでいいんだ」
「肇……」
肇の言葉に、雁字搦めになっていた心が解れていく。
「この一年と少し、颯太に会えなくなって、初めて気づいたっつーか……。いや、颯太が俺にとって大事な存在だなんてことは前からわかってたけど……、離れて改めてそのデカさを痛感したんだよな……、って、うわ、何これはっず……」
真っ赤な顔を手で覆い隠す肇が、愛おしくて仕方がなかった。今すぐ、抱きしめたい衝動に駆られるも、俺はなけなしの理性で押しとどめる。手の中で、たこ焼きの容器がパリッと音を立ててへこんだ。
好きだ。
どうしようもないほどに、好きだ。
押さえきれない感情が、溢れだした。
肇の言葉が親友の俺に向けられたものだってわかっていても、どうしようもないほどにこみ上げてくる。
「俺も……、お前が隣にいないと、寂しくて仕方なかった……」
寂しいなんて、生まれてこの方口にしたことなんてない言葉がするりとこぼれ出た。顔を隠していた肇が、「え」と声を漏らして俺を見る。豆鉄砲をくらった鳩みたいな間抜けな顔だ。信じられないって訴えるその目に見つめられて、俺まで赤面してしまう。頬が熱い。
「こ、今度からは、ちゃんと返事するから……」
どんなに目をそらしても、どんなに逃げて離れても、結局は自分の気持ちには嘘を付けなくて苦しいままだった。
逃げて離れてもどうせ苦しいんだ。それなら、一緒にいて苦しんだって変わらないんじゃないか。
それなら、どうせ苦しむなら、自分の気持ちに正直に生きた方が数倍も何百倍もいいに決まってる。
たとえ触れられなくても、手に入らなくても、今はただ、隣に居たい。
大切にしたいと思う相手との間に、理由なんて、名前なんて要らないんだ。
相手が俺を求めてくれるなら、それに応えて、寄り添いたい。
肇の言葉一つで、俺のすべてが変わる。
俺のすべてが、肇なんだ。
それは、この先もきっと変わらない。
もしかしたら、また同じように苦しくて苦しくてしんどくなることもあるかもしれない。
だけど、その時は、立ち止まればいい。
後ろを振り返ってもいい。
だけど、もう、肇を遠ざけていたあの時には戻りたくはないから。
もう、逃げない、離れない。
どうせ選ぶなら、顔をあげて前に進める未来を選びたい。
肇と再会して、そう思えたんだ。
そう気付かせてくれたのは、肇だった。
「電話もするし、……こっちにも、もう少し帰ってくるようにする……」
――だから、そばにいさせてほしい。
その一言は、やっぱり言えないヘタレな俺だけど、今はそれでいいと思えた。
「い、言ったな⁉ 約束だぞ! また、うんとかすんとかしか返ってこなかったらもう絶交だからな⁉」
「おいこら、揺らすな、たこ焼きが落ちるだろ! ほら、あったかいうちに食おうぜ」
落ちそうになったたこ焼きを手でしっかりと押さえて、つまようじを一つ肇に渡したその時、カメラのフラッシュのような光が辺りを一瞬照らす。
俺たちは、弾かれたように空を見上げた。
――ドーン……パラパラパラ……
と、花火が空気と鼓膜を震わせた。
「お! 始まった!」
今いるところは、少し高台にあって、目の前が少しだけ拓けていた。そこにちょうど打ちあがった花火が見える穴場のスポットだった。
「おぉー」
「あ、色変わった」
大きな花火大会と言えども、「小さな町の」であって、数発上がってはつぎまでにインターバルが空く。その間延びしたペースも、昔はもどかしく感じていたけど、今日ばかりは悪くないなと思えた。
少し離れたところに街灯がある程度の暗い視界の中、隣を盗み見る。肇は、つぎの花火が打ちあがるのを今か今かと待っていた。目をキラキラとさせるその横顔は、まるで小学生の子どもみたいだ。
パァッと花火の灯りが、肇の顔をオレンジや黄色、緑色に染める。
「あ、俺、今のやつ結構好きかも」
ドドーンッ、ドーン……
「うん、俺も好きだ」
肇の瞳に映る色とりどりに変化する花火を見ながら、俺は人知れず思いを告げた。
fin.
たこ焼きを買って、俺たちは人混みから少し離れた石垣に腰を落ち着かせた。近くの生垣の枝に吊るした金魚は、元気そうに狭い水の中を泳いでいる。
目の前の歩道を、祭り帰りの小さな子どもがカラコロと下駄を転がしながら通っていった。手には綿あめの入ったパンパンに膨れた袋を持ち、母親に笑顔を向ける微笑ましい光景を眺めながら、俺の心はさっきから晴れやかに、けれどもとくとくと高鳴っていた。
肇の言葉が、すごく嬉しかった。
同性愛者について話す機会なんてなかったし、自分からは怖くて話題にできなかったから、肇がそのことについてどう考えているのかなんて知らなかった。
だから、さっきの肇の言葉で少なくとも嫌悪してはいないことが知れて嬉しかったし、心の底から安堵した。
さっき、横山とかいうやつにからかわれた時、そういう目で見られることを肇が嫌がるんじゃないかって思ったから俺は焦って手を離そうとしたんだ。もし、横山と同じような嫌悪と侮蔑の目を肇から向けられたら、きっと立ち直れないと思ったから。でも違った。それがなにより嬉しい。
「肇があんなに怒るの、珍しいな。びびったわ」
「……な、なんか、ごめん。ついカッとなって……」
「スカッとした。……その、俺も肇と同意見っつーか……あの横山ってやつにはむかついたから」
なんせ当事者ですから、とは口が裂けても言えない自分を自嘲しながら俺は、買ってきたたこ焼きを膝の上に取り出した。プラスチックの蓋が開くとソースと鰹節のいい香りが食欲をそそる。
「ごめん、俺がこんなところで手なんか繋いだせいで」
「俺は別に気にしてないから。それより、ちゃんと話さなくてよかったのか? 横山とは友達なんだろ?」
「あんなやつ、もう知らない。俺は……颯太がいてくれれば、それでいいんだ」
「肇……」
肇の言葉に、雁字搦めになっていた心が解れていく。
「この一年と少し、颯太に会えなくなって、初めて気づいたっつーか……。いや、颯太が俺にとって大事な存在だなんてことは前からわかってたけど……、離れて改めてそのデカさを痛感したんだよな……、って、うわ、何これはっず……」
真っ赤な顔を手で覆い隠す肇が、愛おしくて仕方がなかった。今すぐ、抱きしめたい衝動に駆られるも、俺はなけなしの理性で押しとどめる。手の中で、たこ焼きの容器がパリッと音を立ててへこんだ。
好きだ。
どうしようもないほどに、好きだ。
押さえきれない感情が、溢れだした。
肇の言葉が親友の俺に向けられたものだってわかっていても、どうしようもないほどにこみ上げてくる。
「俺も……、お前が隣にいないと、寂しくて仕方なかった……」
寂しいなんて、生まれてこの方口にしたことなんてない言葉がするりとこぼれ出た。顔を隠していた肇が、「え」と声を漏らして俺を見る。豆鉄砲をくらった鳩みたいな間抜けな顔だ。信じられないって訴えるその目に見つめられて、俺まで赤面してしまう。頬が熱い。
「こ、今度からは、ちゃんと返事するから……」
どんなに目をそらしても、どんなに逃げて離れても、結局は自分の気持ちには嘘を付けなくて苦しいままだった。
逃げて離れてもどうせ苦しいんだ。それなら、一緒にいて苦しんだって変わらないんじゃないか。
それなら、どうせ苦しむなら、自分の気持ちに正直に生きた方が数倍も何百倍もいいに決まってる。
たとえ触れられなくても、手に入らなくても、今はただ、隣に居たい。
大切にしたいと思う相手との間に、理由なんて、名前なんて要らないんだ。
相手が俺を求めてくれるなら、それに応えて、寄り添いたい。
肇の言葉一つで、俺のすべてが変わる。
俺のすべてが、肇なんだ。
それは、この先もきっと変わらない。
もしかしたら、また同じように苦しくて苦しくてしんどくなることもあるかもしれない。
だけど、その時は、立ち止まればいい。
後ろを振り返ってもいい。
だけど、もう、肇を遠ざけていたあの時には戻りたくはないから。
もう、逃げない、離れない。
どうせ選ぶなら、顔をあげて前に進める未来を選びたい。
肇と再会して、そう思えたんだ。
そう気付かせてくれたのは、肇だった。
「電話もするし、……こっちにも、もう少し帰ってくるようにする……」
――だから、そばにいさせてほしい。
その一言は、やっぱり言えないヘタレな俺だけど、今はそれでいいと思えた。
「い、言ったな⁉ 約束だぞ! また、うんとかすんとかしか返ってこなかったらもう絶交だからな⁉」
「おいこら、揺らすな、たこ焼きが落ちるだろ! ほら、あったかいうちに食おうぜ」
落ちそうになったたこ焼きを手でしっかりと押さえて、つまようじを一つ肇に渡したその時、カメラのフラッシュのような光が辺りを一瞬照らす。
俺たちは、弾かれたように空を見上げた。
――ドーン……パラパラパラ……
と、花火が空気と鼓膜を震わせた。
「お! 始まった!」
今いるところは、少し高台にあって、目の前が少しだけ拓けていた。そこにちょうど打ちあがった花火が見える穴場のスポットだった。
「おぉー」
「あ、色変わった」
大きな花火大会と言えども、「小さな町の」であって、数発上がってはつぎまでにインターバルが空く。その間延びしたペースも、昔はもどかしく感じていたけど、今日ばかりは悪くないなと思えた。
少し離れたところに街灯がある程度の暗い視界の中、隣を盗み見る。肇は、つぎの花火が打ちあがるのを今か今かと待っていた。目をキラキラとさせるその横顔は、まるで小学生の子どもみたいだ。
パァッと花火の灯りが、肇の顔をオレンジや黄色、緑色に染める。
「あ、俺、今のやつ結構好きかも」
ドドーンッ、ドーン……
「うん、俺も好きだ」
肇の瞳に映る色とりどりに変化する花火を見ながら、俺は人知れず思いを告げた。
fin.